カテゴリー: PEOPLE

対談:英国靴における、レディメイドとビスポークの異なる魅力。 ウィリアム チャーチ × 「マーキス」川口昭司

歴史ある英国靴メーカーのオーナーと、英国で修行を積んだ新進気鋭ビスポーク職人。
二人が語る、英国の靴づくり。

2011年に江戸川橋で創業した「マーキス」は、靴職人の川口昭司さんがご夫婦で手がけるビスポークシューメーカーです。ともに靴聖地・ノーサンプトンにある公的職業訓練校「トレシャム・インスティテュート」で学び、職人として修行を積んだお二人が仕立てた革靴は、そのクオリティの高さと美しさから靴好きの間で話題になっています。今回、英国への造詣の深い川口氏と、「ジョセフ チーニー」のオーナー、ウィリアム チャーチ氏が、お互いの靴作りについて対談。ビスポークとレディメイドそれぞれの魅力を語り合います。

長い歴史の中でアップデートされてきた、知恵の結晶。

— レディメイドの魅力について教えてください。

川口 「私はビスポークシューズを年間で約70足作っています。お客様それぞれに合わせた革靴を仕立てる上で、やはりラスト作りが難しいですね。修行をしていた時に、ビスポークラストのアーカイブを見ましたが、それと同時にレディメイド(既成)のラストもたくさん研究しました。『ジョセフ チーニー』をはじめ、レディメイドを作るメーカーのラストはデザインやシェイプを含めた構造がとても素晴らしい。なぜかと言えば、メーカーのラストには改良を重ねてきた長い歴史があり、そこから多くのことを学ぶことができるからです」

ウィリアム「私の工場でも、継続して改善するように努めています。川口さんにとって、『ジョセフ チーニー』はどんな印象ですか?」

川口「クラシックな靴作りを継承し続けているシューメーカーだと思います。昨今は時代に流されて変にモダンになるシューメーカーも多い中、正統派の靴作りを続けるのは難しいことだと思います」

ウィリアム「そうですね。クラシックでトラディショナルな英国製のモノづくりを守りながら、時にモダンさを取り入れる必要もあると思っています」

川口「やはり、歴史があるというのは重要ですよね。レディメイドのラストは、歴史の中で改良されて残ったというところにかなりの価値があります。それは、言わば長い年月で積み重なって来た情報の集積なんです。足に合う、合わないではなく、ここの構造はこうあるべきという知恵が詰まっているんですよ。それはビスポークが敵わないところの一つですね。一般的にビスポークの方が価格は高いですが、必ずしもこちらが上というわけではないんです。ビスポークにはビスポークの良さ、レディメイドにはレディメイドの良さがありますよね」

技術=クオリティで勝負できるのがビスポークシューズ。

— ビスポークシューズの魅力について教えてください。

ウィリアム「ビスポークシューズは、お客様一人ひとりに対して丁寧に作っていくので、本当に細かいディテールにこだわらないといけないですし、相当な技術が必要だと思います」

川口 「そうですね。レディメイドはラストが決まっている分、アッパーのパターンを何回でも見直して、一番綺麗に見える形を突き詰めることができます。ですが、ビスポークは一つひとつラストが違うので美しいパターンを生み出すのはかなり難しいですね」

ウィリアム 「日本のビスポークシューズの技術は、トップオブクオリティだと思います。とは言え、帰国されて日本のマーケットでチャレンジする上で、大変な面も多かったと思います。どのようにしてお客様を獲得されたのですか?」

川口「最初のお客様は友人でした。その後は、SNSなど口コミで広がっていきました。日本のお客様は革靴の知識もあり、靴に投資するという考え方を持っている方も多いです。また、クオリティが高いと認められれば、たとえ新しいシューメーカーであっても評価して頂けます。」

ウィリアム「それは素晴らしいことですね。どんなスタイルでやられているのですか?」

川口「まずは注文時に来ていただいて、ラストを作ってからフィッティングに来ていただきます。ファーストオーダーだけは、納品時にも来ていただいています」

ウィリアム「レディメイドに比べると必然的にお客様の数は少なくなると思いますが、その分スペシャルなプロダクトだというのが魅力ですね。将来的には海外展開も考えていますか?」

川口「そうですね。香港の「Atitre House」では年に2回ほど定期的にトランクショーを行っています。ビスポークがレディメイドと違うのは、大きな機械に投資をしたり、在庫を持つ必要がないことです。もちろん、その分技術が必要になりますし、海外で展開するにはフィッティングを変えなければいけないという問題もありますが」

暗黙のルールが、英国靴のらしさを作る。

— お二人がお互いに革靴を勧めるとしたら、どんなモノを勧めますか?

川口「私がウィリアムさんにお勧めしたいのは、フルブローグのシューズです。
これは私が一番好きなスタイルです。革靴にはプレーントゥやキャップトウなど様々なスタイルがありますが、その中でもフルブローグは英国靴らしく、男らしい力強さを感じるスタイルだと思います。」

ウィリアム
「私がお勧めしたいのは、こちらのモデルです。見た目はビスポークほど美しくないですが、構造がじつにイギリス的です。グッドイヤーウェルト製法ですし、ヴィンテージパターンの125ラストを使っています。このラストは、ウィズのサイズに対してヒールをタイトなフィッティングにしているので、甲が広く踵の小さい日本人の足型に合うように計算されています。ラストは現代に合わせつつ、見た目はクラシック。イギリスのシンボル的なデザインの一足です」

川口「クラシックシューズを作るのは本当に難しいですよね。一概にクラシックと言っても、メーカーごとに独自のルールを持っているんです。たとえば、バンプポイントをどこにするか、キャップの位置をどうするか、ハトメの長さをどうするかなどの黄金比が、ある程度ルールとして受け継がれていて、その中で作るのでクラシックな顔になるんですよね」

ウィリアム「新しい職人をトレーニングする時に引き継ぐものなので、たしかに外から見れば難しいのかもしれませんね。メーカーごとに細かな部分は違うと思いますが、クラシックシューズの基本的なスタイルは同じだと思います」

高い品質を維持するために、後継者を育てる。

— 今後の革靴業界に必要なことはありますか?

ウィリアム「クオリティの高さというのは、ひとつ武器になると思っています。たとえば、グッドイヤーウェルト製法にしてもお客様が知れば知るほど評価が高まります。『ジョセフ チーニー』に限らず、そういった品質の高いシューズは可能性がありますね。今後は後継者の職人さんを増やしていくことで技術を受け継いで頂くことがすごく大切だと思います」

川口「そうですね。今は3人の弟子がいて、技術を受け継いでいます。『ジョセフ チーニー』には、若い職人さんはたくさんいらっしゃいますか?」

ウィリアム「はい。130年以上の歴史があるシューメーカーですし、ノーサンプトンの伝統的な靴作りの技術が身につくということもあって、若い職人のご両親も安心して送り出してくれています。若い方から70歳くらいのベテランの方までが一緒に働いているのですが、モノづくりの技術も血縁みたいなものなので、いかに後世に引き継いでいくのかということが、重要な課題だと思っています」

「Marquess」代表
川口昭司

1980年、福岡県生まれ。大学卒業後に渡英。ノーサンプトン州ウェリンボローにある専門学校「トレシャム・インスティチュート」で靴作りの技術を学ぶ。その後、ビスポーク職人・ポール・ウィルソン氏に師事。独立後、「ガジアーノ&ガーリング」などのビスポーク靴製作にもアウトワーカーとして携わる。2008年に帰国し、2011年に自身のブランド、「マーキス」を江戸川橋で創業。現在は店舗を銀座に移し、日々靴作りに勤しむ。

「JOSEPH CHEANEY」オーナー
ウィリアム・チャーチ

1967年、英国ノーサンプトン生まれ。英国靴の名門チャーチ家の5代目として育つ。大学在学中にMBAを取得し、卒業後に国際不動産の会社にて勤務。1995年に「チャーチ」へ入社し、取締役に就任。その後、2009年に従兄弟のジョナサンとともに、ジョセフ チーニーの独立に参画。現在はオーナーとして経営手腕を振るう。

photo TRYOUT text K-suke Matsuda

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リペアを重ねて履き続ける スタイリストの愛用ブーツ。  小松 嘉章

週4日ペースで履きこなす理想的なサイドゴアブーツ。

メンズファッション誌を中心に活躍するスタイリストの小松嘉章さんが、ここ数年ヘビロテし続けているブーツがある。それは、「ジョセフ チーニー」のサイドゴアブーツ。リペアを繰り返し履き続けているという履き方は、まさに英国靴に相応しいスタイル。オンオフのお話とともに、ブーツの魅力を語っていただきました。

意外にアクティブ、でも漫画が一番好き。

— プライベートではどんな生活をされていますか?

じつは、サーフィンを10年ほどやっています(笑)。青山のセレクトショップ「ブルーム&ブランチ」ディレクターの柿本くんに誘ってもらったのがきっかけで始めました。仕事でなかなか行けない事も多いので、「やっている」と堂々と言えるレベルなのかはわからないですが、それでも年に1度は、先輩方と行くサーフトリップへご一緒させていただいています。日本とは違う文化や大自然、環境に感動したりします。あとは、フットサルもしています。こう見えて、意外とアクティブなんですよ。漫画も好きですね。最近心を洗われたのは『さよなら群青』という作品。PL学園野球部の話を描いた『バトルスタディーズ』もいまはまってます。登場人物のファッションで言うと、絵のタッチも含め『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズはお洒落だなって昔から思っていました。漫画を読んでいる時が一番リラックスしているかもしれません。

知識よりも、感覚を大切にしたい。

— スタイリングの引き出しを増やすためにやっていることはありますか?

まわりからは“ロジック感のあるスタイリング”と言われる事が多いのですが、自分では、常に感覚的でいたいと思っています。海外のコレクションは毎シーズンチェックするようにしていますし、洋雑誌もチェックしています。撮影の時、ページ作りのイメージソースにすることもあります。よく昔の映画のスタイリングを参考にするという話があるのですが、僕は映画から取り入れることはそこまでないかもしれないですね。とくに意識して引き出しを増やすという作業はしてないと思います。最近は、イギリスのユース感漂うスタイルをつくるのにはまっています。サッカーのユニフォームを取り入れたり、サスペンダー使い、チェック柄、細身のパンツなど。いわゆるフーリガンやモッズ的な着こなしですね。そういったアイテムや着こなしを自分なりに消化してスタイリングに落とし込んでます。

足と身長のアンバランスな大きさが悩み。

— 革靴を履くようになったきっかけはありますか?

僕は、もともとそんなに革靴を履いていなかったんですよ。服飾の専門学校に通っていた時には、派手でクセのある服装で、足元はさらに独特なはずしを考えていました。アシスタント時代は靴の脱ぎ履きが多いうえにしゃがむことも多かったので、基本的にはスニーカーを履くことの方が多かったです。ちゃんと革靴を履くようになったのは、独立してからですね。様々な年代の媒体の仕事をさせていただくようになってどんどん増えていった気がします。それからは、気分やトレンドに合わせて好きなものを購入しています。あまり履いてないものも含めると、30足くらいに増えました。僕は身長が177cmなんですけど、それに対して足が26cmしかないんですよ。足元にボリュームがないと変に足が小さく見えてしまうので、基本的には身長とのバランスが取れるような革靴を選ぶようにしています。

スタイリングに取り入れやすい万能靴。

— 「ジョセフ チーニー」のサイドゴアブーツを購入された理由は?

チーニーのサイドゴアブーツは、ボリュームがあって男らしいのに、プレーンで上品なところが気に入りました。サイドゴアブーツ自体はもともと好きで、個人的にはとても万能な形だと思っています。脱ぎ履きしやすいですし、カジュアルにもスーツにも合わせられます。一時、スキンズをイメージソースにしたスタイリングにはまってたんですが、編み上げブーツのかわりにその時もよく取り入れていましたね。僕は、基本的にスラックスを履いていることが多いのですが、スラックスのレングスをこのブーツに合う丈に丈上げして、トップスをあえてスウェットやカジュアルなブルゾンでハズすというのは好きなスタイルです。昔は本格靴の“入門ブランド”というイメージだったんですが、最近では感度の高いファッション業界の人たちに「チーニー、良いよね」って褒められることが増えた気がします。

長く愛用したいからこそ、プロの力を借りる。

— 手入れのこだわりはありますか?

当初は自分でメンテナンスをしていたんですが、履きジワをうまく伸ばすことができなかったんです。とはいえ、なかなかお店にシューケアを頼むのは腰が重くて……。ところが、試しに「THE BAR by Brift H」にお願いしたところ、仕上がりの違いに感動したんです(笑)。しかも、日常のメンテナンス方法まで教えていただいて! それ以来、気になってきたらお店に持って行くようにしています。このブーツは週4日ペースで履き込んでいるせいか、すでにソールを二回替えて、カカト部分も修理しています。でも、これだけヘビーに履いていてもアッパーだけはかなり綺麗なんです。さすが、プロの力です!(笑)。

スタイリスト
小松 嘉章さん

1983年、秋田県生まれ。文化服装学院を卒業後、5年間のアシスタント時代を経て2009年に独立。現在は、ファッション誌を中心に、俳優やアーティスト、広告など幅広く活躍。

photo TRYOUT text K-suke Matsuda

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靴磨きチャンピオンが惚れ込んだ ドレス靴ではない一足。 「Brift H」代表 長谷川 裕也

アウトドアの頼れる相棒シボ革のレースアップブーツ。

年間約10,000足を磨きあげるシューラウンジ「Brift H」。代表を務める長谷川裕也さんは、2017年にロンドンで開催された世界靴磨き大会で優勝した、ワールドチャンピオン。日々数多の革靴のメンテナンスを手がけている氏に、「ジョセフ チーニー」の魅力と想い出を語っていただきました。

世界的に小さな“靴磨きムーブメント”が起きている。

— 年間でどのくらいの革靴を磨かれていますか?

今は繁忙期ですので、1日に20足は革靴を磨いています。通常は、1日に10足くらいでしょうか。僕だけでも、平均年間2,000〜3,000足は磨いています。お店全体では、年間10,000足くらいです。最近は、靴磨きを自分でやられる方も増えています。当店でも、以前は靴磨きのご依頼のお客様が主だったのですが、ケア用品を買いに来る方も増えましたね。一昨年に上梓した『靴磨きの本』も、売れ行きが伸びていますが、本を読んだり、Youtubeなどで動画を見て参考にして自分で磨かれているようですね。お店や百貨店などのイベントで靴磨きをすることもあるのですが、昨年末に行った香港やバンコクでも予約がフルで埋まるくらい好評でした! 日本以外の国々ですと、靴磨きの専門店がほとんどないので、特別感があるのかもしれませんね。当店でも、とくにアジア系の旅行者の方が、革靴を持ってきてくださることが増えてきています。世界的にちょっとした“靴磨きのムーブメント”が起きているのかもしれません。

釣りと筋トレはライフスタイルに欠かせない。

— オフタイムには、どんなことをされていますか?

ずっとサーフィンをやっていたのですが、息子が小学生になってからは一緒に釣りへ出かけることが増えました。千葉の鴨川や舘山の辺りへ車で行くことが多く、早朝に釣具屋さんで仕掛けを買いつつ、何が釣れるか情報収集をしています。3月に、息子と男二人で奄美大島へ釣り旅行に行くのがとても楽しみです。あとは、パーソナルトレーナーさんについていただいて、定期的に体幹メインの筋トレをしています。靴磨きは左手で靴を押さえて、右手で磨くので、身体の左側に負担がかかって凝りやすくなるんです。その結果、筋肉量のバランスが悪くなるので身体を鍛える必要があります。じつは、2年前に靴磨きをできないくらい首が痛くなったんですよ。鍼治療や、カイロプラクティックなどを試してはみたんですが、あまり効果が望めず……。最終的にトレーニングをすることで治ったので、それ以来ちゃんと身体を鍛えるようにしています。

職業柄、どうしても増えてしまう革靴。

— 革靴は何足くらいお持ちですか?

今は25足ほどでしょうか。職業柄、勉強という意味もあっていろいろと買ってしまうんですが、子供が大きくなってきて下駄箱のスペースも限られてきたので、断捨離しました。一時は70足くらいまで増えてしまったんですが(笑)。コレクション欲はまったくなくて、革靴はあくまで“ファッションアイテム”だと思っています。だから、人とかぶらないモノであったり、自分が楽しんで履けるモノを選ぶようにしています。今日持ってきたスエードのシューズ(画像右)は、昨年末にトランクショーを行った香港の「アーモリー」というお店で買ったものです。茶のスエードは毛先が白っぽく見えることもあるので、黒いスプレーを吹いて、徐々に色を濃くしています。ブローグシューズ(画像左)は、イギリスで修行を積まれた川口昭司さんの手がける「マーキス」のビスポークシューズです。英国人よりも英国らしい靴を作っていて、履いていると「それは、どの英国ブランドの靴ですか?」と聞かれることが多いです。僕は、右足の小指が張り出ていたり、左足の薬指に魚の目みたいなものができやすいんです。なので、もちろん既成のモノも買いますが、最近ではビスポーク(オーダーメイド)で靴を誂える機会が増えていますね。

かなりの頻度で愛用しているレースアップブーツ。

— 「ジョセフ チーニー」との出会いを教えてください。

13年前に路上で靴磨きをスタートした時に、当時一緒に活動をしていた友人が「良い靴が欲しい」と言い出して丸の内の「トゥモローランド」に入ったんです。そこで、彼が買ったのがチーニーのセミブローグシューズでした。それが初めての出会いかもしれません。個人的に思い入れがあるのは、このレースアップブーツですね。実用性が高いので、じつは釣りをする時にも履いて行っています。グリップ力があるので、危険な堤防やテトラポットの上でも滑らないですし、水にも強いのでかなり重宝しています。釣り以外でも、天候が悪い日やオフの時には結構な頻度で履いていますよ。まさに、頼れる相棒的な感じです。見た目はゴツいんですが、履き口が柔らかくて履きやすいところも良いですね。最近は紐が面倒になってきてしまったので、レースアップを解かなくても脱ぎ履きできるように、ブーツの内側にジップを付けてカスタムしたいと画策しています(笑)。黒のシボ革は、ジップとの相性も良いと思うんですよね。

良いエイジングには、革靴への気配りが必要。

— 革靴の楽しみ方を教えてください。

やはりエイジングですね。磨くにつれて色が変化していくのも良いですし、意図的に濃い色や薄い色を入れることで変化させるのも面白いですよ。よく雑誌で、“○○さんが十何年前に買った革靴”という特集がありますが、履き込んだ革靴はかっこいいんですよね。新しくピカピカであることよりも、手入れをしていくことででてくる本当の味。早く自分の持っている革靴すべての味を出したいなと常々思います。当店のお客様でも、エイジングがうまくいく方とそうでない方がいるんですが、シューツリーを入れていなかったり、連続で何日も履くとダメなんですよね。一方で、ブーツに関してはガンガン履いている方がかっこいいですよね。ドレスシューズとは違って、疲れ切っている感じが良かったりもします。いずれにしても、革の寿命を延ばすというのがケアをする上で一番大事なことだと思いますので、クリームを入れるのは必須ですね。光沢加減は革靴の種類や好みによって変えるとより違いが出て楽しめますよ。

靴磨きは、長く愛用するためのメンテナンス。

— 革靴との理想的なつき合い方を教えてください。

うちのお客様で、「ジョージ クレバリー」でビスポークをするようなお洒落な方がいるのですが、その一方で30年くらい前に購入された「ロイド」の革靴をずっと履かれています。革がバリバリに割れているんですが、きちんと磨いているので、そのダメージすら絵になっていて。ボロボロになっても様になるのは、さすが英国靴だなと思います。その方は、綺麗なビスポークシューズも履きつつ、時にはずっと愛用している「ロイド」の靴をスーツに合わせているのがとても素敵です。まるで、長年愛用している革靴をパッチしながら履いているチャールズ皇太子のようで。とくに、ドレスシューズに関しては傷や汚れにあまりに神経質になる方や、実用というよりコレクションで集めている方も多いのですが、リアルに履いている方がつき合い方として正しいですし、個人的にはかっこいいと思います。長く愛用するために、大切にするというのが靴磨きの本懐。さらに広く靴磨きの文化や魅力を広められるよう、これからも活動をしていきたいです。

「Brift H」代表
長谷川 裕也さん

1984年、千葉県生まれ。株式会社「BOOT BLACK JAPAN」代表取締役、「Brift H」代表。路上での靴磨きからキャリアをスタートし、2008年には世界初のカウンタースタイルの靴磨き店「Brift H」をオープン。2017年にロンドンで開催された第一回「世界靴磨き大会」にて優勝。名実ともに世界一の靴磨き職人の称号を手にいれる。著書に『靴磨きの本』など。

photo TRYOUT text K-suke Matsuda

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実力派ブランドのデザイナーが語る、 意外な革靴遍歴。 「COMOLI」小森 啓二郎

コンプレックスから生まれた
前例のないサイドゴアブーツ。

数々のセレクトショップが取り扱う実力派ブランド「「COMOLI(コモリ)」。デザイナーの小森啓二郎さんは、長年ファッションの現場に身を置いてきた人物の一人です。そんな彼が放った、「ドレスシューズとは相性が悪い」という意外な発言。さまざまな変遷を経て「ジョセフ チーニー」にたどり着いたストーリーとその魅力を語っていただきました。

自分の服を試しに旅へ出る。

— デザイナーとしてコレクションイメージを高めるために、行なっていることはありますか?

旅ですね。年に2回、自分の服を試すという意味を込めて、展示会が終わるとすぐに行くようにしています。行き先は、次のシーズンの服をいち早く着られる場所。つまり、日本よりも早く春や冬が訪れる国ですね。最近ではアメリカの西海岸や、北欧の国々が多いです。2016AWコレクションの際に別注させて頂いた「ジョセフ チーニー」のブーツも、ロンドン、ベルリン、パリ、ミラノへ行って実際に履いてみましたし、今季新たに別注させて頂いたブーツもベルリンで試してきました。現地で実際に使用してみると分かることが沢山あります。そう考えると、洋服から離れて完全なオフの状態というのはないかもしれないですね。音楽でも映画でも何でも、洋服に繋げたいという気持ちで取り入れるようにしています。作らなくちゃいけないから作るのではなくて、常に新鮮な気持ちで服作りに臨みたいですからね。それがブランドの生命線ですし、意欲がないと作る物に出てしまうので。

自分のスタイルに合う革靴を模索して。

— 小森さんが革靴に関心を持つようになったのはいつですか?

僕は遅いですよ。初めて履いたのは、「ティンバーランド」のブーツ。その次に買ったのが「レッドウイング」のブーツだったかな。学生時代は「リーガル」のローファーを履いていましたけど。世界的に名の通った紳士靴ブランドのものを履いたのは、洋服屋に勤めてからですね。21歳の時に仕事で行ったパリで「J.M ウェストン」のローファーを買いました。ギャラリー・ラファイエットという百貨店でセールをやっていて、上司に「お前、これ買っとけ」と勧められたのがきっかけで。ところが、スニーカーと同じ感覚でサイズを選んだら、とんでもなく大きくて! みんなにバカにされました(笑)。次にパリへ行った時には、アナトミカという店で別注の「オールデン」を買いました。そのお店のフィッティングは独特で、足の実寸よりも大きなサイズを勧められて買ったんです。それもやっぱりしっくりこなかったんですよ。身体が華奢なのに足だけ異様に大きいのが気になって……。結局、自分のスタイルにドレスシューズはしっくりこないんですよ。ファッション的にもゆるい服が多かったので、それに合うバランスがないと言うか。いろいろなブランドのモノを試したんですが、どれもピンとこなかったですね。

ドレスシューズが構造的に似合わない。

— 相性が悪いというのは、足の形が特徴的だということでしょうか?

まさにそうなんです。最初に「J.Mウェストン」のローファーで失敗して以来、諦め切れずに別のサイズにも挑戦したんですが、やっぱり履いていると足が痛い。僕の足は幅が広くて平べったいので、中敷を入れないと余るんですよ。しかも、横に張っている分、欧米の横幅が狭くてシュッとしたフォルムの革靴は構造的に似合わなくて……。「ジャコメッティ」を取り扱っている会社の社長さんに会った時に、「君はドレスシューズが似合わないでしょ」と言われてようやく諦めがつきました(笑)。自分にはドレスシューズよりも、ブーツの方が相性が良いんだと。さすがに冠婚葬祭の時には割り切って履きますが、基本的にはサイドゴアやチャッカを選ぶことが多いですね。たとえば、「クラークス」のデザートブーツのように、ドレッシー過ぎないモノが好みです。ワークブーツを除けば、そもそもカジュアルなスタイルに革靴を合わせるようになったのは、自分でブランドをやり始めるようになってからですね。トータルウェアとして提案する上で、自分の作る服に合う革靴を考えるようになったのがきっかけかもしれません。

ワークブーツとドレスシューズの中間。

— 「ジョセフ チーニー」との出会いを教えてください

僕自身、もともとワークブーツが好きなこともあったので、ワークブーツとドレスシューズの中間のような革靴があったらいいなと思うようになりました。そういう靴があれば、自分のブランドで提案しているスタイルにも合うのかなと。いろいろな靴を試してはみたんですが、カジュアル感とドレス感のバランスがちょうど良いモノというのはなかなか見つからなくて……。そんな時に出会ったのが「ジョセフ チーニー」です。正直に言えば、当初は数あるイギリスブランドの一つというくらいの認識でした。ですが、歴史を辿ると「チャーチ」と密接な関係があるブランドで、現在はチャーチ創業家の方がプライドを保ちながら、正統派の靴づくりを続けているというお話を聞いて、とても興味を持ちました。靴の聖地・ノーザンプトンで、その伝統を守り続けているというスタンスにもなんとなく惹かれましたね。


COMOLI 2017 ¥74,000(+TAX)

靴作りの伝統とデザインの調和。

— 今季新たに別注された「ジョセフ チーニー」のこだわりを教えてください。

2016AWコレクションのブーツは、コマンドソールだったんですが、今回はシャークソールに変更しました。さらにカジュアルな雰囲気に近づいたと思います。これをいわゆるデザイナーズ靴を手がけるファクトリーに依頼すると、ただのデザイン靴になってしまう。イギリスの歴史ある老舗靴ブランドが作っているということに意味があるのかな、と思っています。革靴の構造的に無理があり、耐久性のないデザインは嫌ですが、そういう面でもバランス良く仕上げて頂いたので、長く愛用できる一足になりました。人が見た時に、「何の靴なんだろう?」と思われるデザインも気に入っています。自分で靴を作れるわけではないので、革靴に対する熱い想いがあり、良い質のモノを作ってくれるランドは貴重ですね。

シーンを選ばず、オールマイティに履ける。

— この靴はどんなスタイリングに合わせたいですか?

ヴェルヴェット・アンダーグラウンドというバンドのジャケット写真を見た時に、メンバーが黒い革ジャンに黒いパンツ、黒い革靴を合わせていたのがかっこ良くて。のブーツもそういうスタイリングに合わせたいというのはありました。「COMOLI」のコレクションの中でも、「ラベンハム」に別注したコートや、ブリティッシュモールスキンのパンツをすべて黒で統一し、ルックとして提案しています。あと、僕は作る前に先に使用するシーンを思い浮かべるタイプなんですが、たとえば、このブーツで言えば普段自分が生活している「日本の街」に合うということを意識してデザインしました。外国へ行くと建物や床が古いこともあって、無性に革靴を履きたくなるんですが、日本の街だとあんまり感じないんですよね。どちらかと言えば、スニーカーのようにもっと気軽な靴の方が合うと思うことの方が多いです。そういう意味では、このブーツはオールマイティで、シーンを選ばずに履けるというのが魅力だと思います。

「COMOLI」デザイナー
小森 啓二郎さん

1976年生まれ。東京都出身。文化服装学院を卒業後、大手セレクトショップに入社。デザイナーとして10年勤めた後、独立。2011年に自身のブランド「COMOLI」を立ち上げる。“全ての洋服の原型は欧米から生まれ、ある目的の為に作られた物である”という基本概念に沿い、上質でシンプルな日常着を手がける。

photo TRYOUT text K-suke Matsuda

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