靴磨きチャンピオンが惚れ込んだ ドレス靴ではない一足。 「Brift H」代表 長谷川 裕也

アウトドアの頼れる相棒シボ革のレースアップブーツ。

年間約10,000足を磨きあげるシューラウンジ「Brift H」。代表を務める長谷川裕也さんは、2017年にロンドンで開催された世界靴磨き大会で優勝した、ワールドチャンピオン。日々数多の革靴のメンテナンスを手がけている氏に、「ジョセフ チーニー」の魅力と想い出を語っていただきました。

世界的に小さな“靴磨きムーブメント”が起きている。

— 年間でどのくらいの革靴を磨かれていますか?

今は繁忙期ですので、1日に20足は革靴を磨いています。通常は、1日に10足くらいでしょうか。僕だけでも、平均年間2,000〜3,000足は磨いています。お店全体では、年間10,000足くらいです。最近は、靴磨きを自分でやられる方も増えています。当店でも、以前は靴磨きのご依頼のお客様が主だったのですが、ケア用品を買いに来る方も増えましたね。一昨年に上梓した『靴磨きの本』も、売れ行きが伸びていますが、本を読んだり、Youtubeなどで動画を見て参考にして自分で磨かれているようですね。お店や百貨店などのイベントで靴磨きをすることもあるのですが、昨年末に行った香港やバンコクでも予約がフルで埋まるくらい好評でした! 日本以外の国々ですと、靴磨きの専門店がほとんどないので、特別感があるのかもしれませんね。当店でも、とくにアジア系の旅行者の方が、革靴を持ってきてくださることが増えてきています。世界的にちょっとした“靴磨きのムーブメント”が起きているのかもしれません。

釣りと筋トレはライフスタイルに欠かせない。

— オフタイムには、どんなことをされていますか?

ずっとサーフィンをやっていたのですが、息子が小学生になってからは一緒に釣りへ出かけることが増えました。千葉の鴨川や舘山の辺りへ車で行くことが多く、早朝に釣具屋さんで仕掛けを買いつつ、何が釣れるか情報収集をしています。3月に、息子と男二人で奄美大島へ釣り旅行に行くのがとても楽しみです。あとは、パーソナルトレーナーさんについていただいて、定期的に体幹メインの筋トレをしています。靴磨きは左手で靴を押さえて、右手で磨くので、身体の左側に負担がかかって凝りやすくなるんです。その結果、筋肉量のバランスが悪くなるので身体を鍛える必要があります。じつは、2年前に靴磨きをできないくらい首が痛くなったんですよ。鍼治療や、カイロプラクティックなどを試してはみたんですが、あまり効果が望めず……。最終的にトレーニングをすることで治ったので、それ以来ちゃんと身体を鍛えるようにしています。

職業柄、どうしても増えてしまう革靴。

— 革靴は何足くらいお持ちですか?

今は25足ほどでしょうか。職業柄、勉強という意味もあっていろいろと買ってしまうんですが、子供が大きくなってきて下駄箱のスペースも限られてきたので、断捨離しました。一時は70足くらいまで増えてしまったんですが(笑)。コレクション欲はまったくなくて、革靴はあくまで“ファッションアイテム”だと思っています。だから、人とかぶらないモノであったり、自分が楽しんで履けるモノを選ぶようにしています。今日持ってきたスエードのシューズ(画像右)は、昨年末にトランクショーを行った香港の「アーモリー」というお店で買ったものです。茶のスエードは毛先が白っぽく見えることもあるので、黒いスプレーを吹いて、徐々に色を濃くしています。ブローグシューズ(画像左)は、イギリスで修行を積まれた川口昭司さんの手がける「マーキス」のビスポークシューズです。英国人よりも英国らしい靴を作っていて、履いていると「それは、どの英国ブランドの靴ですか?」と聞かれることが多いです。僕は、右足の小指が張り出ていたり、左足の薬指に魚の目みたいなものができやすいんです。なので、もちろん既成のモノも買いますが、最近ではビスポーク(オーダーメイド)で靴を誂える機会が増えていますね。

かなりの頻度で愛用しているレースアップブーツ。

— 「ジョセフ チーニー」との出会いを教えてください。

13年前に路上で靴磨きをスタートした時に、当時一緒に活動をしていた友人が「良い靴が欲しい」と言い出して丸の内の「トゥモローランド」に入ったんです。そこで、彼が買ったのがチーニーのセミブローグシューズでした。それが初めての出会いかもしれません。個人的に思い入れがあるのは、このレースアップブーツですね。実用性が高いので、じつは釣りをする時にも履いて行っています。グリップ力があるので、危険な堤防やテトラポットの上でも滑らないですし、水にも強いのでかなり重宝しています。釣り以外でも、天候が悪い日やオフの時には結構な頻度で履いていますよ。まさに、頼れる相棒的な感じです。見た目はゴツいんですが、履き口が柔らかくて履きやすいところも良いですね。最近は紐が面倒になってきてしまったので、レースアップを解かなくても脱ぎ履きできるように、ブーツの内側にジップを付けてカスタムしたいと画策しています(笑)。黒のシボ革は、ジップとの相性も良いと思うんですよね。

良いエイジングには、革靴への気配りが必要。

— 革靴の楽しみ方を教えてください。

やはりエイジングですね。磨くにつれて色が変化していくのも良いですし、意図的に濃い色や薄い色を入れることで変化させるのも面白いですよ。よく雑誌で、“○○さんが十何年前に買った革靴”という特集がありますが、履き込んだ革靴はかっこいいんですよね。新しくピカピカであることよりも、手入れをしていくことででてくる本当の味。早く自分の持っている革靴すべての味を出したいなと常々思います。当店のお客様でも、エイジングがうまくいく方とそうでない方がいるんですが、シューツリーを入れていなかったり、連続で何日も履くとダメなんですよね。一方で、ブーツに関してはガンガン履いている方がかっこいいですよね。ドレスシューズとは違って、疲れ切っている感じが良かったりもします。いずれにしても、革の寿命を延ばすというのがケアをする上で一番大事なことだと思いますので、クリームを入れるのは必須ですね。光沢加減は革靴の種類や好みによって変えるとより違いが出て楽しめますよ。

靴磨きは、長く愛用するためのメンテナンス。

— 革靴との理想的なつき合い方を教えてください。

うちのお客様で、「ジョージ クレバリー」でビスポークをするようなお洒落な方がいるのですが、その一方で30年くらい前に購入された「ロイド」の革靴をずっと履かれています。革がバリバリに割れているんですが、きちんと磨いているので、そのダメージすら絵になっていて。ボロボロになっても様になるのは、さすが英国靴だなと思います。その方は、綺麗なビスポークシューズも履きつつ、時にはずっと愛用している「ロイド」の靴をスーツに合わせているのがとても素敵です。まるで、長年愛用している革靴をパッチしながら履いているチャールズ皇太子のようで。とくに、ドレスシューズに関しては傷や汚れにあまりに神経質になる方や、実用というよりコレクションで集めている方も多いのですが、リアルに履いている方がつき合い方として正しいですし、個人的にはかっこいいと思います。長く愛用するために、大切にするというのが靴磨きの本懐。さらに広く靴磨きの文化や魅力を広められるよう、これからも活動をしていきたいです。

「Brift H」代表
長谷川 裕也さん

1984年、千葉県生まれ。株式会社「BOOT BLACK JAPAN」代表取締役、「Brift H」代表。路上での靴磨きからキャリアをスタートし、2008年には世界初のカウンタースタイルの靴磨き店「Brift H」をオープン。2017年にロンドンで開催された第一回「世界靴磨き大会」にて優勝。名実ともに世界一の靴磨き職人の称号を手にいれる。著書に『靴磨きの本』など。

photo TRYOUT text K-suke Matsuda

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