対談:英国靴における、レディメイドとビスポークの異なる魅力。 ウィリアム チャーチ × 「マーキス」川口昭司

歴史ある英国靴メーカーのオーナーと、英国で修行を積んだ新進気鋭ビスポーク職人。
二人が語る、英国の靴づくり。

2011年に江戸川橋で創業した「マーキス」は、靴職人の川口昭司さんがご夫婦で手がけるビスポークシューメーカーです。ともに靴聖地・ノーサンプトンにある公的職業訓練校「トレシャム・インスティテュート」で学び、職人として修行を積んだお二人が仕立てた革靴は、そのクオリティの高さと美しさから靴好きの間で話題になっています。今回、英国への造詣の深い川口氏と、「ジョセフ チーニー」のオーナー、ウィリアム チャーチ氏が、お互いの靴作りについて対談。ビスポークとレディメイドそれぞれの魅力を語り合います。

長い歴史の中でアップデートされてきた、知恵の結晶。

— レディメイドの魅力について教えてください。

川口 「私はビスポークシューズを年間で約70足作っています。お客様それぞれに合わせた革靴を仕立てる上で、やはりラスト作りが難しいですね。修行をしていた時に、ビスポークラストのアーカイブを見ましたが、それと同時にレディメイド(既成)のラストもたくさん研究しました。『ジョセフ チーニー』をはじめ、レディメイドを作るメーカーのラストはデザインやシェイプを含めた構造がとても素晴らしい。なぜかと言えば、メーカーのラストには改良を重ねてきた長い歴史があり、そこから多くのことを学ぶことができるからです」

ウィリアム「私の工場でも、継続して改善するように努めています。川口さんにとって、『ジョセフ チーニー』はどんな印象ですか?」

川口「クラシックな靴作りを継承し続けているシューメーカーだと思います。昨今は時代に流されて変にモダンになるシューメーカーも多い中、正統派の靴作りを続けるのは難しいことだと思います」

ウィリアム「そうですね。クラシックでトラディショナルな英国製のモノづくりを守りながら、時にモダンさを取り入れる必要もあると思っています」

川口「やはり、歴史があるというのは重要ですよね。レディメイドのラストは、歴史の中で改良されて残ったというところにかなりの価値があります。それは、言わば長い年月で積み重なって来た情報の集積なんです。足に合う、合わないではなく、ここの構造はこうあるべきという知恵が詰まっているんですよ。それはビスポークが敵わないところの一つですね。一般的にビスポークの方が価格は高いですが、必ずしもこちらが上というわけではないんです。ビスポークにはビスポークの良さ、レディメイドにはレディメイドの良さがありますよね」

技術=クオリティで勝負できるのがビスポークシューズ。

— ビスポークシューズの魅力について教えてください。

ウィリアム「ビスポークシューズは、お客様一人ひとりに対して丁寧に作っていくので、本当に細かいディテールにこだわらないといけないですし、相当な技術が必要だと思います」

川口 「そうですね。レディメイドはラストが決まっている分、アッパーのパターンを何回でも見直して、一番綺麗に見える形を突き詰めることができます。ですが、ビスポークは一つひとつラストが違うので美しいパターンを生み出すのはかなり難しいですね」

ウィリアム 「日本のビスポークシューズの技術は、トップオブクオリティだと思います。とは言え、帰国されて日本のマーケットでチャレンジする上で、大変な面も多かったと思います。どのようにしてお客様を獲得されたのですか?」

川口「最初のお客様は友人でした。その後は、SNSなど口コミで広がっていきました。日本のお客様は革靴の知識もあり、靴に投資するという考え方を持っている方も多いです。また、クオリティが高いと認められれば、たとえ新しいシューメーカーであっても評価して頂けます。」

ウィリアム「それは素晴らしいことですね。どんなスタイルでやられているのですか?」

川口「まずは注文時に来ていただいて、ラストを作ってからフィッティングに来ていただきます。ファーストオーダーだけは、納品時にも来ていただいています」

ウィリアム「レディメイドに比べると必然的にお客様の数は少なくなると思いますが、その分スペシャルなプロダクトだというのが魅力ですね。将来的には海外展開も考えていますか?」

川口「そうですね。香港の「Atitre House」では年に2回ほど定期的にトランクショーを行っています。ビスポークがレディメイドと違うのは、大きな機械に投資をしたり、在庫を持つ必要がないことです。もちろん、その分技術が必要になりますし、海外で展開するにはフィッティングを変えなければいけないという問題もありますが」

暗黙のルールが、英国靴のらしさを作る。

— お二人がお互いに革靴を勧めるとしたら、どんなモノを勧めますか?

川口「私がウィリアムさんにお勧めしたいのは、フルブローグのシューズです。
これは私が一番好きなスタイルです。革靴にはプレーントゥやキャップトウなど様々なスタイルがありますが、その中でもフルブローグは英国靴らしく、男らしい力強さを感じるスタイルだと思います。」

ウィリアム
「私がお勧めしたいのは、こちらのモデルです。見た目はビスポークほど美しくないですが、構造がじつにイギリス的です。グッドイヤーウェルト製法ですし、ヴィンテージパターンの125ラストを使っています。このラストは、ウィズのサイズに対してヒールをタイトなフィッティングにしているので、甲が広く踵の小さい日本人の足型に合うように計算されています。ラストは現代に合わせつつ、見た目はクラシック。イギリスのシンボル的なデザインの一足です」

川口「クラシックシューズを作るのは本当に難しいですよね。一概にクラシックと言っても、メーカーごとに独自のルールを持っているんです。たとえば、バンプポイントをどこにするか、キャップの位置をどうするか、ハトメの長さをどうするかなどの黄金比が、ある程度ルールとして受け継がれていて、その中で作るのでクラシックな顔になるんですよね」

ウィリアム「新しい職人をトレーニングする時に引き継ぐものなので、たしかに外から見れば難しいのかもしれませんね。メーカーごとに細かな部分は違うと思いますが、クラシックシューズの基本的なスタイルは同じだと思います」

高い品質を維持するために、後継者を育てる。

— 今後の革靴業界に必要なことはありますか?

ウィリアム「クオリティの高さというのは、ひとつ武器になると思っています。たとえば、グッドイヤーウェルト製法にしてもお客様が知れば知るほど評価が高まります。『ジョセフ チーニー』に限らず、そういった品質の高いシューズは可能性がありますね。今後は後継者の職人さんを増やしていくことで技術を受け継いで頂くことがすごく大切だと思います」

川口「そうですね。今は3人の弟子がいて、技術を受け継いでいます。『ジョセフ チーニー』には、若い職人さんはたくさんいらっしゃいますか?」

ウィリアム「はい。130年以上の歴史があるシューメーカーですし、ノーサンプトンの伝統的な靴作りの技術が身につくということもあって、若い職人のご両親も安心して送り出してくれています。若い方から70歳くらいのベテランの方までが一緒に働いているのですが、モノづくりの技術も血縁みたいなものなので、いかに後世に引き継いでいくのかということが、重要な課題だと思っています」

「Marquess」代表
川口昭司

1980年、福岡県生まれ。大学卒業後に渡英。ノーサンプトン州ウェリンボローにある専門学校「トレシャム・インスティチュート」で靴作りの技術を学ぶ。その後、ビスポーク職人・ポール・ウィルソン氏に師事。独立後、「ガジアーノ&ガーリング」などのビスポーク靴製作にもアウトワーカーとして携わる。2008年に帰国し、2011年に自身のブランド、「マーキス」を江戸川橋で創業。現在は店舗を銀座に移し、日々靴作りに勤しむ。

「JOSEPH CHEANEY」オーナー
ウィリアム・チャーチ

1967年、英国ノーサンプトン生まれ。英国靴の名門チャーチ家の5代目として育つ。大学在学中にMBAを取得し、卒業後に国際不動産の会社にて勤務。1995年に「チャーチ」へ入社し、取締役に就任。その後、2009年に従兄弟のジョナサンとともに、ジョセフ チーニーの独立に参画。現在はオーナーとして経営手腕を振るう。

photo TRYOUT text K-suke Matsuda

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