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ジョセフチーニー

テーラーの修行時代の記憶をつなぐ、30年モノの一足。 「BLUE SHEARS」代表/テーラー&カッター 久保田 博

ジョセフチーニー

長い歴史を通じてアップデートを重ねてきた製品には、時にフルオーダーを超えるほどの魅力があります。

英国紳士のスタイルを象徴する高級テーラーが立ち並ぶ、ロンドンのサヴィル・ロウストリート。その一角にある老舗テーラー「ギーブス&ホークス」にて修行を積み、同店初の日本人テーラー&カッターとして独立した久保田博さん。現在は、世田谷区瀬田にある自身のテーラーと、渋谷にある工房を往来し、お客様のためにビスポークスーツを仕立てています。そんな久保田さんにとって、想い出深い一足が修行時代に手に入れた「ジョセフ チーニー」。そのエピソードや革靴遍歴について尋ねました。

「BLUE SHEARS」代表/テーラー&カッター 久保田 博

留学中にサヴィル・ロウに出会い、テーラーの道へ。

— 10代の頃、渡英されたのはなぜですか?

経営を学ぶために留学し、イギリスの大学へ通っていました。レディングという街に住み、週末になると友人と一緒にロンドンへ繰り出していたのですが、そこで出会ったのがサヴィル・ロウ。私が行っていたのは90年代初頭の頃でしたが、当時は黒のボーラーハットをかぶっているようなクラシックなスタイルの紳士が結構歩いていて、とても魅力的な通りでした。また、日本の景気が良かったこともあり、当時は日本人のお客さんもたくさんいました。そういう背景もあり、大学の卒論で「サヴィル・ロウの歴史と経営学」を書くために、「ギーブス&ホークス」という老舗へインタビューを申し込んだ時も、日本人の私に好感を持ってくれて快諾してくれました。そして、その縁で大学卒業後から働かせてもらえることになりました。私は始めに縫製士(テーラー)の仕事をしていたのですが、当時は日本に支店があり、日本人の私を裁断士(カッター)として送り込もうという話が持ち上がりました。その結果、勤めていた6年の間で縫製と裁断の仕事も学ぶことができました。サヴィル・ロウでは分業が基本なので、テーラーとカッターのどちらもできる人というのは珍しいです。そのおかげもあって、帰国してからも技術に困らず、自分のお店を持つことができました。

ビスポークスーツは、お客様との共同作業で生まれる。

— 日本人と英国人のスーツ観に違いはありますか?

イギリスでサヴィル・ロウのテーラーへスーツを作りに来る方というのは、基本的には富裕層です。それ以外の方がスーツを作るということはあまりないですね。そういったこともあってか、ビスポークスーツ=アートという考えの方も多いです。日本ではそういう考えの方は珍しいですが、逆にスーツ自体が好きで、お金を貯めてでも良い一着を仕立てたいという方がいるのが魅力だと思っています。私の店でも、パターンオーダーは1割くらいで、ほとんどのお客様はフルオーダーでスーツを仕立てられています。英国人と日本人では体型が大きく違うので、日本で仕事を始めたばかりの頃は、サヴィル・ロウで学んだ型紙を作るシステムと異なる部分があり、比率などの公式をアップデートするまでに時間がかかりました。ビスポークスーツを仕立てるのは技術が必要ですし、オーダーから完成まで時間のかかる仕事ですが、お客様とのコミュニケーションを通じて、最終的にお互いの納得のいく一着が完成した時の喜びはひとしおです。この技術と気持ちを後世に伝えるべく、アカデミーを設立して縫製士を育てています。いつか生徒たちとも、一緒に仕事をできるようになったら嬉しいと思っています。

イギリスの影響を受け、サッカー愛がさらに強まる。

— オフの時間はどのように過ごされていますか?

「ギーブス&ホークス」で働いていた時はチェルシーに住んでいたので、近くにあったスタジアムへよくサッカー観戦に行っていました。イギリスでは熱狂的なサッカーファンが多く、国際試合に負けた翌日には相手国の人たちと喧嘩が起きるほどの白熱ぶりなんです。そんな影響を受け、私ももともと好きだったサッカーをさらに好きになりました。非公式ですが、自分のテーラーの名前にもチェルシーFCのクラブカラーである「ブルー」を付けています(笑)。今でも休みの日にはJリーグの試合を観にいきますし、チェルシーFCが来日すると必ず試合を観にいきます。また、数年に一回くらいのペースでイギリスへ行っているのですが、その時にも「ギーブス&ホークス」時代の同僚たちと会って、一緒にサッカー観戦を楽しんでいます。残念なのは、イギリスへ住んでいた頃はプレミアリーグのメンバーシップに入っていたので数千円でチケットを買えたのですが、日本で買おうとすると数万円もかかってしまうこと。ただ、その分とても良い息抜きになるのでお金には代えられないですね。

修理をして長く愛用できるのが、英国靴の良さ。

— 革靴遍歴を教えてください。

今は12足ほど革靴を持っていますが、自分のルーツ的にも英国靴が主で、他の国の靴はあまり履かないです。覚えている限りでもっとも古いのは、イギリスで購入した「ジョン シューメーカー」のドレスシューズ。とてもリーズナブルだったこともあり当時はよく履いていました。その後、21歳の頃に「ギーブス&ホークス」で買ったのが「ジョセフ チーニー」製、黒のパンチドキャップトゥです。当時は「ギーブス&ホークス」の革靴を「ジョセフ チーニー」が作っていたんです。足の形に靴底が沈んでいくような感覚を味わうことができた、自分にとって初めての本格的な革靴で、通勤の時には毎日のように履いていましたね。イギリスは街が石畳で革靴のソールがかなり痛むので、何度も修理して大切に履いていました。残念ながら、27歳で帰国する際に、向こうに置いてきてしまったのをとても後悔しています。それから色々な英国靴を試しましたが、個人的に思い入れがあるのがエドワードグリーンの「チェルシー」というストレートチップ。モデル名もさることながら、シンプルで洗練された形が好みで、黒と茶のカーフ、オーストリッチなどを持っています。長く愛用しているのは、どれも歴史がある英国メーカーのもの。伝統的な技術があるからこそ、修理対応がしっかりしていて、壊れても直して長年使えるのが魅力だと思います。

想い出の一足が、いつしか仕事の相棒に。

— 本日履かれている「ジョセフ チーニー」はいつ頃に購入されたものでしょうか。

これは90年代中頃に「ギーブス&ホークス」で購入した「ジョセフ チーニー」製のものです。当時は、黒い革靴ばかり履いていたので、茶系にも挑戦しようと思って手に入れたのですが、結局履く機会を逃してしまい一度も履かずに大切に保管していました。そのおかげもあって、お客様が仕立てたスーツのフィッティングをする際に履いてもらう革靴として、今でも現役で大活躍しています。約30年前のものとは思えないほど、形も洗練されていますし、作りもしっかりしていますよね。インソールには、「ギーブス&ホークス」の昔のロゴも刻印されているので、見る度にサヴィル・ロウでの修行時代のことを思い出すことができる記念品的な一足です。

積み重ねてきた歴史が生み出す、多くの方に愛される逸品。

— 「ジョセフ チーニー」の印象を教えてください。

当時の私は、「ジョセフ チーニー」ブランドの立ち位置などはあまり理解していませんでしたが、老舗の「ギーブス&ホークス」の革靴を手がけているというだけで、十分真面目なモノづくりを真摯に続けてきているメーカーだということは伝わっていました。スーツにおいてもそうなのですが、既製品には既製品ならではの魅力があり、逆にフルオーダーではできないような部分もたくさんあります。たとえば、「ジョセフ チーニー」の革靴は、長い歴史の中でアップデートを積み重ねてきた技術が落とし込まれているからこそ、より多くの方にフィットするような木型を作ることができているのだと思います。これからも、たくさんの方に愛されるようなモノづくりを変わらずに続けて欲しいですね。

「BLUE SHEARS」代表/ヘッドカッター
久保田 博さん

1972年生まれ、東京都出身。10代の時に経営学を学ぶために渡英。卒業後、ロンドンのサヴィル・ロウ通りにある英国王室御用達テーラー『ギーブス&ホークス』にて6年間テーラリングの修行をする。同店初の日本人テーラー&カッターとして独立し、2005年に自身のテーラー「ブルーシアーズ」を世田谷に構える。渋谷青山にある工房ではプロのテーラーを養成する「ブルーシアーズアカデミー」を開講し、後進の育成に取り組む。海外での受注会などにも勤しむ。

photo TRYOUT text K-suke Matsuda(RECKLESS)