ケアと修理は切り離せないもの。
長く美しく履くためには、品質の高い英国靴が最適。
まったくの未経験の状態から路上で靴磨きをスタートし、出張靴磨きサービスなどを経て、何万足という数の革靴を磨いて修行。今年の初めに開催された「靴磨き日本選手権」に出場し、日本チャンピオンの座を勝ち取ったのが、大阪の靴磨き店「THE WAY THINGS GO」のオーナー兼シューシャイナーの石見豪さん。日々、沢山の革靴とそのストーリーに触れられている氏に、自身の革靴遍歴と英国靴の魅力を訊ねました。
靴磨きの重要性を文化として根付かせたい。
— 今年の初めに日本一のシューシャイナーの称号を獲得されたことで、さらに活動を注目されるようになったのではないでしょうか。現在は、どのような日々を過ごされていますか?
日本一になってからは、イベントや取材依頼がかなり増えました。「結果として「THE WAY THINGS GO」への来店数は、ほぼ倍になっているんです。年明けには東京にお店を出店するので、最近は東京にいることが多いですね。大阪へ戻るのは月に数回という生活を送っています。店頭に立っていることもありますが、最近ではオリジナル商品の企画にも意欲的に取り組んでいます。たとえば、このブラシも「KINKOU」というブランドを立ち上げてリリースしたモノですし、今着ているスーツも型紙からビスポークで仕立て、機械に読み込ませMTMオーダーにすることで、スタッフがユニフォームとして気軽に発注できるようにしました。
SNSのおかげで、靴が綺麗になる様子と、究極まで磨き上げた結果を誰もが気軽に見れるようになり、以前より靴磨きに関心を持たれている方が増えていますが、その一方でまだまだ「靴は修理しないと履けないが、磨かなくても履ける」と認識されている方も多いです。たしかに、グッドイヤーウェルト製法の靴であれば、ソールを張り替えれば長く履けると思いますが、やはりそこに至るまでのケアも必要なんですよね。アッパーのレザーが痛んでいるのに、ソールだけ張り替えて長く履いても格好悪いじゃないですか。そういう意味では、ケアと修理は切り離せないものだと思うので、街中に革靴の修理屋さんや洋服のクリーニング屋さんが沢山あるように、靴磨き屋が増えていけば文化としてさらに根付くと思っています。
お店の福利厚生として、本格的な「ヨガ」を導入。
— オフの時間には何をされていますか?
職業病なのですが、これまでに3万足以上の革靴を磨いてきたせいか、右腕が左腕に比べて7cmも太いんですよ。身体の左右のバランスが悪くなってしまうので、首が痛くなることも多々ありまして……。バランスの良いしなやかな筋肉をつけて、特に肩甲骨周りを重点的に、身体の柔軟性を高める必要があるんです。そこで、たまたまサッカー選手の長友佑都さんを教えていたヨガの先生が大阪にいらっしゃったので、お店の福利厚生にヨガを取り入れました。「THE WAY THINGS GO」が入っているビルに別の部屋を借りているので、その先生にお越し頂いて、休日にスタッフみんなで集まってヨガをやっています。勘違いされがちですが、ヨガはインナーマッスルを鍛えるハードな運動で、全身筋肉痛になります笑。あとは、スーツの似合う体型維持を目的にボルダリングなどもやっています。靴磨きはすごく体力のいる仕事なので、靴と同じように身体のメンテナンスも不可欠です。
お客様からの影響で日々磨かれていく感性。
— 革靴遍歴を教えてください。
サラリーマン時代に、勤めていた会社の社長から「バリー」の革靴を頂いたんです。革靴ブランドではありませんが、当時の僕からすれば、ちゃんとした革靴を履くのは初めてだったので衝撃でした。それ以来、ファッションや革靴に興味を持ち始め、自分で調べるようになりました。とくに勉強になったのは、お客様から得た知識です。出張で靴磨きをやっていた時も、茶道を嗜まれている方や立体駐車場があるような豪邸をお持ちの方の所へも行っていましたので、お客様が80万円も100万円もするスーツを着られていることも多かったんです。そこで、こちらも見栄えのするものを着ないと信用してもらえないと思ったのですが、時計やスーツの最高峰は価格も天井知らずで……。革靴であれば高級なモノでも数十万円でオーダーできるので、これならなんとか自分にも手が出るということで関心を深めていきました。社会人17年目ともなると累計で100足は超えましたが、欲しいというお客様やお店のスタッフに譲ったり、履く履かないを取捨選択しているうちに半分程になりました。
その内、よく履いている靴は20足程ですね。
中でも良く履いているのが、こちらの3足です。ジョン・ロブ ロンドンのゴルフシューズ/キルトはタンから繋がっています(笑)。あとはオーダーをしたのに、トゥとボディの色が反対であがってきた「ガジアーノ&ガーリング」のシューズ。このバタフライローファーもビスポークで、日本で初めてうちのお店がトランクショーをした「リカルドフレッチャベステッティ」のものです。イタリアのブランドらしく、ものすごく納期が遅れて苦労をしたのですが、デザインが気に入ってよく履いています。
年齢と共にたどり着いた、マイナスの美学。
ー 「ジョセフ チーニー」のローファーを購入されたきっかけを教えてください。
出張靴磨きの時に、出張先で膝をついたり、膝の上に靴を乗せて磨くことが多かったので、基本的にジャケットにデニムというスタイルで働いていました。それに伴い、カジュアルな外羽根式の靴が増えていったんですね。そういったこともあって、最近までローファーも先ほどお話したバタフライローファーしか持っていなかったんです。今のワードローブを考えてみても、グレーやネイビーなどの単色が多いですし、シンプルなローファーが欲しいと思っていたので「ジョセフ チーニー」のこの靴を購入しました。デニムにも合いますし、質実剛健なモノづくりながら、奇を衒わずにスタンダードなデザインにしているところが気に入っています。僕がかっこいいと思う50〜60代の方々がシンプルな格好をされていることもあり、年齢とともに江戸の粋(いき)と呼ばれるマイナスの美学に惹かれるようになりました。京都の上方では逆で、粋(すい)といって舞妓さんが華やかに着飾るようなプラスの美学なんですけどね。
品質が高く、ソールを変えるまでの寿命も長い。
ー 英国靴にはどのような魅力があると思いますか?
うちのお店でも、イタリア靴よりも英国靴をお持ちになられる方が非常に多いんですよ。アメリカ靴も多いですが、ほぼ「オールデン」という印象ですね。「ジョセフ チーニー」もそうですが、品質管理をすごく丁寧にされていますよね。安価な靴であれば、ソールを出し抜いする糸にナイロンの組糸を使っているので磨耗した時にすぐソールがダメになりますが、良い靴であれば麻糸にステッチングワックスやチャンを染み込ませたものでしっかり縫っているので、アウトステッチが切れたくらいでソールが開いたりしない。グッドイヤーウェルト製法の英国靴は、何度もソールを変えて履けると言われていますが、そもそもソールを変えることに至るまでの寿命が長いですよね。これはあくまで主観ですが、アメリカ靴は同じモデルでも個体差がでる確率が高いと感じています。比べて英国靴は、革をちゃんと間引いて選定する基準が平均的に高いと思います。靴自体の品質が高いからこそ、修理がしやすいというのも魅力ですよね。
靴をきちんと磨くことで、掴めるチャンスもある。
ー 革靴との理想的なつきあい方を教えてください。
サラリーマン時代の同僚が、初取引の契約を競合他社から勝ち取った時に、取引先の社長さんから言われた一言が印象に残っています。その時は、4社に相見積もりを取られていたようなのですが、明らかに他社の条件が良かったのにも関わらず、同僚の見積もりに決めてくださったんです。その理由が、「靴が綺麗だから」だったんですよ! 一つの価値観として、汚い靴を履いていた時に初対面で「汚いね」と言う方はいないですが、靴を綺麗にしているとそこを評価してくださる方もいるということです。つまり、汚い靴を履いていると逃しているチャンスが結構あるかもしれないんですよね。もし仮に取引先企業の社長さんが、そういう価値観であれば機会をもらえていない可能性がありますからね。そういう意味では、靴の美しさを一つのコミュニケーションや自己表現と捉えてみるのも面白いと思いました。
石見 豪さん
1982年生まれ。勤めていた会社を退社した後、靴磨き業に傾倒。路上から靴磨きをスタートし、修行を積んだ後、2012年、出張靴磨きサービスを創業。2015年、大阪の登録有形文化財内に靴磨き専門店「THE WAY THINGS GO(ザ ウェイ シングス ゴー)」をオープン。2018年1月、銀座三越店で開催された「靴磨き日本選手権大会」にて優勝。2019年1月、東京初となる店舗を出店予定。
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