本稿の前編で綴ったクラシックスタイルの達人、シモーネ・リーギさんが履いていたフルブローグの靴に出合う以前、私は、2010年にジョセフ チーニー社のオーナーのひとりである、ジョナサン・チャーチさんとインタビューさせていただいた。『インペリアル・コレクション』という新作ドレスシューズがテーマだったため、「ジョセフ チーニー」のコレクションは、ドレス→カントリー、の順番でブランドの特徴を理解していった。
しかし、日本での一般的な「ジョセフ チーニー」に対するイメージは、カントリーテイストの靴が得意なブランドではないだろうか。『エイボン』や『ケンゴン』といったモデルが、日本で人気なことからもそれが窺い知れる。「ジョセフ チーニー」に求めている靴は、ゆったりとしたカジュアルなファッションに合う、男らしく無骨なカントリーな雰囲気、ということになるのだろうが、本当にそうか。私はそれだけはないと感じている。
ファッションのカジュアル化を経て、
ドレスとカントリーが調和
イタリアの靴に比べれば、保守的なデザインを踏襲する英国の靴。だからこそ、私は、サルトリア仕立てのイタリアのスーツに伝統的なスタイルの英国靴を合わせている。「ジョセフ チーニー」の靴をよく観察すると、英国靴でありながら、案外アグレッシブなところもある、と思っている。それは、このところのメンズファッションの潮流のひとつになっている、ドレスとカジュアルのミックス感が影響しているのかもしれない。
2015年以降のメンズファッションは、“ドレスがカジュアルに近づき、カジュアルがドレスの要素を取り入れる”といった流れが出てきた。たとえば、クラシックなスタイルのスーツでもストレッチ素材を使ったり、伝統的なドレスシャツを仕立てる名門のシャツメーカーが、シャツジャケットをつくる、といった提案が増えた。あるいは、カジュアルなブランドが、仕立て服のような立体裁断を取り入れたジャケットを手掛けたり、カジュアルなシャツにあえて手縫いをアクセントにする、といった展開である。それぞれの、魅力や利点をうまくアレンジして、互いのテイストが接近した。そして、ドレスシューズにも、そんなバランスを狙ったモデルが登場してきた。
あくまでも私見だが、「ジョセフ チーニー」のドレスシューズのなかに、ドレスシューズとしての美しさを目指しながら、カジュアルな表情をミックスしたフォルムのモデルがある。言うなれば、ドレスシューズをエレガントに仕上げるだけではなく、気兼ねせずにガンガンと履ける、カントリーシューズの要素をわずかに備えた一足である。
そのモデルが、ジョセフ チーニー社創業125周年で開発された木型『125』を使った、『アルフレッド』と『ウィルフレッド』だ。丸みのあるトウやウィズのバランスに対して、かかとを小さくした木型は、日本人の足型に沿ったフォルムもつくり出している。ラウンドトウの程よいボリューム感は、ドレスの優雅さにさりげなくカントリーの味わいを加え、実にいまっぽい顔立ち。見方によっては、ミリタリーな佇まいも感じさせる。
ここであらためて、「ジョセフ チーニー」の人気モデル『エイボン』の表情を思い浮かべる。
シュリンクレザーに大きなパーフォレーションのウイングチップや4つの鳩目をデザインした一足は、どこから見てもカントリーシューズの要素を満たしている。また、もう一足の話題のモデル『ケンゴン』は、外羽根のデザインや巧みなヴェルトショーンウェルト製法ゆえ、味のある個性を放つ。もちろん木型こそ違え、トウのボリューム感は何か『アルフレッド』や『ウィルフレッド』に通ずる遺伝子を、私は感じる。
ドレスシューズに洗練を求めすぎるのではなく、カントリーシューズに機能ばかりを優先することでもない。それぞれのデザインやディテールの持ち味を、長年の靴づくりで導き出したスタイル。これこそが、現在のドレスシューズにおけるひとつの傾向であり、「ジョセフ チーニー」が狙っているドレスとカントリーの接近ではないだろうか。それが、『アルフレッド』と『ウィルフレッド』のドレスシューズにはある。
もし、私がこのドレスシューズを選ぶ場合、どちらかといえば、アンティーク調に色付けしたブラウンを選びたい。コシのあるネイビーのウール生地で仕立てたスリーピースと抜群に似合うスタイルを想像させるからだ。
ファッションエディター・ジャーナリスト
矢部 克已さん
イタリア1年間の在住時に、フィレンツェ、ナポリ、ヴェネツィア、ミラノに移り住み、現地で語学勉強と取材、マンウォッチングを続ける。現在は、雑誌『MEN’S PRECIOUS』でエグゼクティブ・ファッションエディター(Contribute)を務めるほか、『MEN’S EX』『THE RAKE JAPAN』『GQ JAPAN』などの雑誌、新聞、ウェブサイト、FMラジオ、トークショーなどでも活躍。イタリアのクラシックなファッションを中心に、メンズファッション全般、グルメやアートにも精通する。
TwitterID:@katsumiyabe