シューリペアの雄・ユニオンワークスにより、代表モデルを解体。
「ジョセフ チーニー」の徹底したモノづくりを解明する。
160以上の工程を経て、さまざまなパーツにより生み出されるジョセフ チーニーの革靴。そのこだわりは目に見える部分だけに留まらず、普段は見ることのできない構造や部材にも職人やメーカーの意匠が凝らされています。そこで今回は、シューリペア界の草分けであり、年間に何千足もの革靴修理を手がける「ユニオンワークス」さんに、「ジョセフ チーニー」を代表する2モデル「ALFREAD」と「CAIRNGORM Ⅱ R」の解体を依頼。その工程で感じたモノづくりの良さを、代表の中川氏と工場長の櫻井氏に伺いました。
靴ジョセフ チーニーを代表する2つのマスターピース。
ALFRED
ストレートチップモデル「ALFRED(アルフレッド)」は、アッパーにはカーフ、ソールにはレザーソールを使用し、木型には「125」を採用しています。このラストは、2011年にブランド125周年を記念して開発されました。細身でヒール部分を小ぶりに設計しており、現代人の足にフィットする構造が特徴です。スマートな表情ながら、バランスの取れた丸みのあるトゥに伝統的なクラシックさを感じる定番モデルです。
CAIRNGORM Ⅱ R
カントリーコレクションのモデルである「CAIRNGORM Ⅱ R(ケンゴン Ⅱ R)」は、アッパーにキズや汚れに強いグレインレザー、アウトソールにグリップ力と耐久性を兼ね備えたダブルコマンドソールを使用し、タフな作りで好評を博しています。また、木型には英国軍に供給していた実績もある、日本国内で展開している中では最も歴史の深い1969年に制作された「4436」を採用。非常に手間がかかる「ヴェルトショーンウェルト仕様」で作られており、アッパーとウェルトの隙間から雨水が浸入するのを防いでくれるのが魅力です。
今回解体を依頼したユニオンワークスを代表する2人。
「ユニオンワークス」代表 中川一康
1965年生まれ。大学卒業後にファッションの道を志し、専門学校に通う。その後、アパレル会社を経て、靴修理の専門企業に就職。29歳で独立し、「ユニオンワークス」を設立する。初めは自宅兼工房でスタートし、現在では、渋谷、青山、銀座など5店舗を運営する。
「ユニオンワークス」工場長 櫻井博喜
記念すべきスタッフ第一号として「ユニオンワークス」に入社。現在はファクトリーの工場長として勤務し、年間1000足以上の靴修理を手がける。リペア歴20年以上の大ベテラン。
<各パーツの名称>
(左から順に)
1:アッパー
革靴の顔となる部分の革。
2:ライニング
アッパーの補強や足への快適性向上を目的にアッパーの裏側に付ける革。
3:先芯
トゥ周りを立体的に構築し、補強をするために入れる芯材。
4:月型芯
踵部の型崩れ防止とホールド力をアップのために、アッパーとライニングの間に入れる芯材。
5:ヒールソック
クッションの役割を持つインソールの踵部分を覆う薄皮。
6:縫い糸
リブとウェルトのすくい縫いに使われていた糸。各箇所に適切な糸が使われている。
7:ウェルト
アッパーやインソール、アウトソールを縫い付けるために必要な革。
8:インソール
足に接地する中底部分。裏側にはグッドイヤーウェルト製法で必要となるリブ
というパーツが付いている。
9:ミッドソール
インソールとアウトソールの間に入れるもう一枚のソール。
※使用しない場合もあります
10:シャンク
アウトソールとインソールの歪みを防ぐため、土踏まず部分に入れる芯材。
11:コルク
アウトソールとインソールの隙間を埋め、クッション材の役割を果たす。履くほどに足に馴染む。
12:アウトソール
ソールの着地面。ラバーやレザーなどさまざまな素材がある。
13:ヒール
アウトソールの踵部分に付くパーツ。一般的にアウトソールと同素材のものが付く。
英国製の品質を守り続ける数少ないメーカー。
中川:1990年代の半ばから靴修理の業界にいますが、最近は解体してみて「これ、すごいねぇ」と感動する革靴が減った気がします。
櫻井:そうですね。
中川:一概に「MADE IN ENGLAND」と言っても、中には次第に品質が悪くなっているメーカーもあるんですよね。オールソール交換という仕事で革靴を毎日のようにバラしていると、「なんだこれ」と思わざるを得ないほど作りに手を抜いている革靴もまぁまぁ見るんですよ。よくこれで検品を通してきたなと感じることも多々あります。そういう意味では、「ジョセフ チーニー」は良いですよね。バラしてみても、手を抜いている部分がまったくありませんでした。もともと真面目な靴だというイメージがあるよね?
櫻井:ありますね。今回、バラしてみてさらにそう感じました。釘を打つべきところにはしっかり打ってありますし、縫うべきところはきちんと縫ってありましたね。ソールを開いた時に、「綺麗だな」という印象が強かったです。
中川:精緻でマジメに作っているという姿勢が垣間見えますよね。革靴づくりの基本に忠実で、素材にも手を抜かずにきちんと作っている印象です。そういう意味では、価格に対して品質の高い革靴を作っている数少ないメーカーと言っても過言ではないと思います。
ステッチワークから見える技術力の高さ
中川:たとえば、外したウェルトを見ると分かるのですが、白い糸ですくい抜いをしている部分と、黒い点々で見えるアウトステッチのラインが重ならず、綺麗に平行になっています。これは基本で当たり前のことなんですが、今ではできるメーカーさんが少なくなってきているんです。革靴にとって、すくい抜いのステッチは、“心臓部”と言うべき大事な部分なので、ここに後からかけるアウトステッチが重なると、すくい縫いのステッチに触って、切れてしまうこともあるんです。そうなると完全に不良品なんですよね。ところが、こればかりはバラしてみないと分からないんです。
櫻井:「ジョセフ チーニー」の革靴は、ちゃんとアウトステッチがすくい縫いにギリギリ重ならない部分を縫っているので感心しました。現在は、このように縫うことができない英国の工場も多いですからね。すくい抜いのピッチが均等であることからも技術力の高さを感じます。
中川:あと、ウェルトにアウトステッチが縫われているのがちゃんと見えるじゃないですか。僕はこれがすごく好きなんですよ。ウェルトに浅くメスを入れてから縫う手法もありますが、革靴を長く履くことを考えるとあまり良くないんです。
櫻井:メスを入れることでウェルトが裂けやすくなることも多いですからね。新品の時には分からなくても、履き込んだり、革靴が痛んできた時にちぎれやすくなります。
中川:だからこそ、この革靴のようにウェルトにメスを入れずにしっかりアウトステッチが乗っていると安心ができて好きですね。中には、上から見た時にウェルトが張り出していて見える革靴もあるんですが、その方がリスクがなくて簡単なんです。「ジョセフ チーニー」のすごいところは、そこまで張り出しがないのにも関わらず、この仕様を実現できているところですね。
代々受け継がれてきた、妥協を許さないモノづくり。
中川:ソールはどうだった? パラっと剥がれた?
櫻井:どちらのモデルも綺麗に剥がれましたよ。革靴によっては、ソールを剥がした時にコルクが全部くっついてしまうモノもあるんですよ。
中川:昔の英国靴はアウトステッチだけでアッパーとソールを留めていたので、脇からカッターを入れて切ると綺麗にソールが剥がれたんです。最近では、接着してある革靴も多いので、変な話ですが「縫わなくてもいいんじゃないか」と思うこともあります。
櫻井:ソールが剥がしやすいということは、修理作業がしやすいということです。つまり、修理の際に余計な部分を痛めなくて済むんですよ。たとえば、ソールにこびりついたコルクを除去したり、無理に引っ張ってウェルトをちぎってしまう心配がないということですね。
中川:あとは、当然ソールの屈曲性にも関係してきますよ。接着ではなく、アウトステッチだけで留まっている方が断然履き心地は良いですね。
櫻井:あとは、アッパーのつり込みも深いですよね。最近では浅いモノも多いんですよ。アッパーの革がしっかり中につり込まれているからこそ、フォルムが美しいですよね。
中川:それは素晴らしいことだよね。リブの位置が外であればあるほど、作るのは楽になるんですよ。ただその分、見た目の美しさは欠けてしまうんです。
櫻井:そうなんです。深くつり込むことで、革靴を上から見た時にウェルトが見えなくなり、ソールが立体的に見えるようになります。「エドワード・グリーン」や「ガジアーノ&ガーリング」もかなり深くつり込んでいますよ。言ってしまえば、革靴の顔立ちを大きく左右する工程で、とくにドレスシューズには重要なポイントです。
素材のこだわりと美しさの追求に余念がない。
櫻井:パーツの一つひとつに天然素材を使っているというのも嬉しいですよね。たとえば「ALFRED」にはヒールの積み上げ部分に本革が使われていました。最近では、革と紙を細かく砕いて圧縮したパーツを使っているメーカーさんも多いんです。土踏まずの部分にも、歪みを防ぐためのウッドシャンクが使われていましたし、コルクの材質も良質でした。おそらく、「ジョン・ロブ」や「エドワード・グリーン」と同じ素材を使っているんじゃないでしょうか。
中川:見えない部分に使用されている素材の良さも然り、「ジョセフ チーニー」は見た目に影響するディテールにも妥協をしていないですよね。「ALFRED」は、コバのエッジ部分の仕上げが美しいと思いました。
櫻井:たしかに、そうですね。コバの中心を少しえぐって上下に爪(エッジ)を付けるダブルリップ仕様を辞めてしまうメーカーさんも多いんですよ。
中川:この爪がないと安っぽくて味気なく見えてしまうんですよね。なおかつ、「ALFRED」のように左右対称で同じ位置に爪をつけてあるとさらに美しい見た目に仕上げることができるんです。
革靴の製法にまで、職人のスピリットを感じる。
中川:「CAIRNGORM Ⅱ R」もすごいですよね。リペアで沢山の革靴をお預かりしますが、ヴェルトショーン製法の革靴というのは100足に1足あるかないかというぐらいなんです。この製法を続けているというのは本当に貴重ですよ。
櫻井:たしかにすごいですね。
中川:アッパーにアウトステッチがかかっているので、知識がないとステッチダウン製法と思うかもしれませんが、これはかなりすごい製法ですよ。ヴェルトショーン製法は、グッドイヤーウェルト製法の派生とも言われていますが、通常ならアッパーをライニングと一緒にリブとウェルトの間につり込み、どちらもすくい抜いで固定しますが、ヴェルトショーンの場合は、つり込んだ後、アッパーだけを戻して、ライニングは通常通り、リブ、ライニング、ウェルトですくい縫いを行い、逆にアッパーはウェルトの上に乗せてアッパー、ウェルト、アウトソールを出し縫いで止めています。そうすることでグッドイヤーウェルト製法とステッチダウン製法のメリットを併せ持つことができます。
櫻井:しかも、「CAIRNGORM Ⅱ R」はダブルソールなのでアッパーとウェルト、2枚のソールの4層をアウトステッチで一気に縫い付なければいけないですよね。
中川:非常に手間のかかる作業ですし、熟練した職人技術と特殊な機械も必要になるので生産数も限られるはずです。その甲斐もあって、防水性は高いでしょうね。
櫻井:しかも、グッドイヤーウェルト製法と同じようにリブが付いているので、隙間を埋めるためにインソールとアウトソールの間にコルクが敷き詰めてあり、シャンクも入っていました。その分ステッチダウン製法の革靴と比べて、屈曲性や履き心地が格段に上がります。
中川:「ジョセフ チーニー」のモノづくりの良さは間違いないですね。今回、2つの代表モデルを解体してみて、ある意味で“工芸品”に近いと言っても過言ではないと思いました。
1996年に、英国製の紳士靴を中心とした靴修理店として渋谷区にて創業。2009年より、英国ブランドに依頼しオリジナルシューズの制作にも取り組む。現在では、青山、銀座、新宿などに6店舗を展開。リペア業に加えて、代表である中川氏の好きな洋服や革靴、雑貨の販売も行う。
https://www.union-works.co.jp