カテゴリー: PEOPLE

ケンゴン Ⅱ R

名物セールスパーソンがモノづくりに惚れ込んだ、全天候型シューズ。
「ディストリクト ユナイテッドアローズ」セールスマスター 森山 真司

ケンゴン Ⅱ R

大粒のグレインレザーは最近ではなかなか見かけません。
ヴェルトショーンウェルト製法からも、職人の温かみを感じます。

2000年にオープンした「ディストリクト ユナイテッドアローズ」の立ち上げ当時から在籍するメンバーの一人であり、名物セールスパーソンとしてファッション業界で知られる森山真司さん。30年にも及ぶ販売歴の中で「ジョセフ チーニー」の変遷を目の当たりにしてきた氏ですが、ここ数年は自身の務めるお店でも取り扱っている「CAIRNGORM(ケンゴン) Ⅱ R」を愛用しているそうです。今回は森山さんの革靴遍歴と共に、その魅力をお伺いしました。

森山 真司

役職を超えて、お店作りのすべてに携われるプロジェクト。

— 現在のお仕事の領域を教えてください。

セールスマスターという肩書きを頂き、販売員の見本となる役割として店頭に立っています。気持ち的には、『スター・ウォーズ』でいうところの“ジェダイマスター”のつもりです(笑)。それに加えて、ユナイテッドアローズの中ではディストリクト自体がスモールプロジェクトだということもあり、販促活動のプランニングや、ディレクター・栗野のバイイングに同行することもあります。ホームページにどういうコンテンツを作るか、SNSに何をアップするかなどを企画したり、担当を割り振るのは僕の仕事です。お店のメンバーは7人だけなので、本体の「ユナイテッドアローズ」レーベルとは異なり小回りが利きます。たとえば、買い付ける製品にしても、みんなの「こんなものが欲しい」が強く反映されています。それは立ち上げ当初からずっとそうですね。だからこそ、お店のブログに関してもみんなが自分ごととして紹介してくれますし、好きなブランドや企画したオリジナル製品によって、自ずと担当が決まってきます。将来的にこのお店を何店舗かに増やしたいという野望はありますが、それと同時に小さいプロジェクトだからこそ、裏方的な仕事をやりながら店頭でお客様と接することができるというのはメンバーの全員が感じていることだと思います。僕個人の話で言えば、マネージャー的なポジションは性分ではないので、これからも店頭に立ち続けていたいですね!

プラモデル

プラモデル製作は至高の楽しみ。

— オフの時間は何をされていますか?

子どもの頃から『スター・ウォーズ』に登場するメカが大好きでした。だから、撮影で使われたプロップがどうしても欲しかったんですが、当然実物のプロップは手に入れることができませんでした。『スター・ウォーズ』自体のグッズも気に入ったものは購入していたので、結果としてコレクションになっているのですが、最近では小さいフィギュアはすべて処分しましたし、プラモデルで作る方が楽しくてしょうがないです。とりわけ最近は、おそらく僕と同世代の方々がプラモデルを開発されているので、当時夢中になっていた思い出がある分、どんどん精巧になってきているので、ついつい買ってしまいます(笑)。ちょうどこの間、3年と8カ月の月日を費やしてコツコツと作っていた全長約94cmのミレニアムファルコンをついに完成させました。ただ組み立てるだけでは飽き足らず、ウェザリング(汚し技法)の入れ方や塗装の仕方などを、できる限り当時のプロップを撮影した資料をもとに、近づけて仕上げた自信作です。新品よりも汚れていたり、くたびれていて味が出ている方が好きだという点では、革靴の好みと通ずる部分があるのかもしれません。

英国靴

“たくあん色”の英国靴が、革靴遍歴の原点。

— 革靴遍歴を教えてください。

初めて履いた英国靴は30年以上前に「BEAMS F」さんで購入した「ポールセン・スコーン」の革靴。当時は欲しかったサイズが品切れで、自分に合うサイズではないものを履いていたので、残念ながら後輩に譲ってしまいました。それからは、さまざまな国の革靴を試しましたが、現在100足以上あるワードローブの中でも英国靴の割合が多いですね。最初に買った「ポールセン・スコーン」のエイコーンという英国らしいカラーに惚れて以来、引きずっている感じです。栗野をはじめ、ディストリクトではみんなが“たくあん色”と呼んでいますが(笑)。ほかにも、「ジョン・ロブ」のスエード二足や、ボックスロゴ時代の「エドワード・グリーン」の一足など、本日お持ちしたラインナップはどれも20年ほど履き続けていますがまだまだ現役です。そして、圧倒的に茶系の革靴が多いので色々な表情が出てきていて、長年育ててきた証として経年変化を楽しんでいます。年齢と共に変化したのはサイズ選びでしょうか。昔は先輩からの教えもあり、ギュンギュンに小さいサイズを選んで足に馴染ませることを美徳としていましたが、最近ではあまりサイズに頓着しなくなりました。よく考えてみたら、欧米人は家の中でも革靴を履いているのに、頭が痛くなるようなサイズを履くわけがないですよね。あとは、革底の地面を感じる感じが好きな反面で少し疲れてしまうこともあり、ラバーソールの革靴を最近では好むようになりました。

英国靴

品質が高く、愛情を注いだ分返ってくる。

— 英国靴の魅力とはなんでしょうか?

古い雑誌に英国のジェントルマンが写っていたのですが、みなさんビスポークで誂えたスーツをビシッと着ている上流紳士にも関わらず、シャツの襟やカフスがボロボロだったんですよ。昔の日本で言うところの“バンカラ”という考えに近くて、気に入ったものは何が何でも愛用するという考え方なのだと知りました。その有名な話として、チャールズ皇太子のパッチワークだらけの革靴がありますが、やはり良い品質のものを買えばくたびれても味になりますし、値段に関係なく愛情を注いだ分返ってくるものだと思っています。そういう意味では、英国靴には品質に信頼のおけるものが多いですよね。

ケンゴン Ⅱ R

懐かしいグレインレザーと全天候型の製法。

— 「ケンゴン Ⅱ R」に惹かれた理由を教えてください。

もともと職人さんの温もりを感じられる革靴が好きなのですが、二年前にヴェルトショーンウェルト製法の革靴を購入してから気に入り、一年前にこのバーガンディのケンゴン Ⅱ Rを購入しました。英国のカントリー的な雰囲気も良いですし、全天候型なのでとても重宝しています。綺麗な格好をした時にこういったソールは合わせるのは難しいのですが、もともとセオリー通りのコーディネートをしない方なので、タイドアップやジャケパンスタイルにも合わせています。アッパーに大粒のグレインレザーを使用しているところも懐かしくて良いですね。90年代頃にはよく見かけたのですが、最近はなかなか見かけなくなってしまった。シボがある分、傷がついてしまっても目立たないので気にせず履けるのも魅力です。僕は純正にこだわらず使い勝手が良いようにカスタムするのが好きなので革紐の長さを変えたり、うちのお店で取り扱っている「タカフミ アライ」のレザーキルトを付けてアレンジしています。今季、ディストリクトの別注としてケンゴン Ⅱ Rのオリーブカラーを発売したのですが、大好評ですぐにサイズ欠けしてしまいましたよ。

英国靴

英国らしい王道の靴づくりを継承するブランド。

— 「ジョセフ チーニー」の印象を教えてください。

昔は「ユナイテッドアローズ」のオリジナル革靴を作っていただいたこともあり、ファクトリーブランド的な印象が強かったですが、チャーチ創業家であるウィリアム・チャーチさんがマネージング・ディレクターになり、リブランディングされてからは王道の英国靴づくりを貫かれている印象です。英国製品には代々受け継いで長く使って育てていくというマインドがありますが、僕も息子が大学の卒業式を迎えた際に、スーツに合わせて自分の「ジョセフ チーニー」の革靴を貸してあげたことがあります。息子も「いずれは欲しい」と言っていましたね。長く愛用できるモノの良さを体感させることができて、僕自身も嬉しかったです。「ジョセフ チーニー」には、老舗の風格を持つブランドだからこそ、これからも英国の伝統的な部分を守りながら新しい提案をし続けて欲しいですね。

森山 真司
「ディストリクト ユナイテッドアローズ」セールスマスター
森山 真司さん

1968年生まれ。ファッション業界で30年に及ぶキャリアを誇り、『スター・ウォーズ』をこよなく愛する“自称ジェダイ”。「ディストリクト ユナイテッドアローズ」には立ち上げ時より在籍する名物セールスパーソン。趣味は愛犬の散歩とプラモデル。100足以上の革靴を所有。
https://b.houyhnhnm.jp/moriyama_shinji/

photo TRYOUT text K-suke Matsuda(RECKLESS)

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ドレスバイヤーの想い入れを込めた、渾身の別注モデル。「ナノ・ユニバース」バイヤー 福島“ティアモ”雄介



歴史のあるシューメーカーながら、細かな要望にもしっかり応えてくれます。
別注させて頂いたモデルは、どれも想い出深いモノになりました。

メンズバイヤーとして活躍する傍ら、強烈なキャラクターでYouTubeのファッション番組「Tiamo La moda(ティアモ・ラ・モーダ)」のMCを務める福島雄介さん。自身にとって英国靴の原体験であり、2年連続で別注を手がけている「ジョセフ チーニー」に対して、並々ならぬ想い入れがあるようです。今回、ブランドとの出会いや別注モデルの話を踏まえて、革靴遍歴を伺いました。

番組のスタート時に、“運命的”に付いた愛称。

— “ティアモ”というニックネームの由来を教えてください。

気になりますよね(笑)。今の会社に入社して以来、レディースの販売やMDを担当していたのですが、2017年に大きな組織編成があり同年の4月から現在のメンズバイヤーを任せられることになりました。その話と同時に、8月からYouTubeのファッション番組「Tiamo La moda(ティアモ・ラ・モーダ)」をやって欲しいとオファーを頂いたんです。番組が始まるまでの4ヶ月間は何度も打ち合わせを重ねていたのですが、番組名が長いのでチームの皆が「ティアモ」と省略するようになりました。そして、初めての収録日を迎えたのですが、1本目の撮影時に、アシスタントMCを担当してくださっている広瀬未花さんが、なぜか僕のことを「ティアモさん」と呼んだんです(笑)。おそらくこちらも初めての取り組みでしたので、きちんと説明できていなかったのかもしれませんが、動画の全編を通じて「ティアモさん」と呼び続けていまして。それが由来です(笑)。僕もまさか30歳を超えてから、そんなニックネームが付くとは思っていなかったですが、今や会社の内線表にも“ティアモ”福島と書かれて愛称となりました(笑)。

垣根を壊し、ファッション好きを啓蒙していきたい。

— 「Tiamo La moda(ティアモ・ラ・モーダ)」に野望はありますか?

弊社としては、ナノ・ユニバースを知らない方や、ドレスアイテムが身近ではないお客様に親しみを持ってもらい、知識を深めるきっかけにして欲しいという想いがあります。番組を頑張れば頑張るだけ、お客様に届けることができますし、意外とお店のスタッフが視聴をしてくれて販売スキルとして活用してくれたりと、良い結果に繋がっているという感覚はあります。ですが、一番の目標は趣味=ファッションと言える方の人口を増やすことですね。今の時代、洋服屋が元気ないとか、洋服を買わない方が増えていると聞くことも多いので、まずはファッション業界を盛り上げて、ファッション好きを増やしていきたいんです。そういう意味では、他のセレクトショップさんのバイヤーさんたちを招いて対談をしたり、ゆくゆくはトーク番組的なこともやりたいと考えています(笑)。たとえば、番組で“バイヤーあるある”を語りあったり、“柄好きバイヤー”的な感じでこだわりの強い方を集めてみたり……、セレクトショップ同士の繋がりやファッションの楽しみ方が見えると、お客様も興味を持ちやすいと思うんですよね。各社のイメージがあるので、実現が難しいかもしれませんが、我々としては垣根なく業界を盛り上げていきたいです!

先輩のススメで購入したのを機に、ローファー愛に目覚める。

— 革靴遍歴を教えてください。

初めて本格的な革靴を購入したのは、今の会社に入社してからです。当時は20歳くらいでしたので、若いとナメられないようにジャケットを着ることを心がけていました。そこで自分のドレススタイルを表現する時に革靴の大事さに気づき、先輩の影響で「オールデン」のペニーローファーを購入しました。当時は英国靴よりもアメリカ靴が流行っていたこともあり、また先輩からも「オールデン」のペニーローファーとタッセルローファーは、仮にこの業界を辞めてしまっても重宝するからと勧められたこともあり。お金を貯めて、両方を手に入れてからは二足をヘビロテしていました。その次に買ったのが、「ジョセフ チーニー」のローファーです。スエードのコンビネーションタイプで、おそらく当時の別注だったと思います。それを機に、トレンドの流れもあって英国靴に傾倒していきました。「エドワードグリーン」や、本日持ってきた「ジョンロブ」や「ニュー&リングウッド」などですね。自宅に25足ほどありますが、メインで履いているのはローファーで、そのほとんどが英国靴です。スーツやシャツはイタリアの製品で遊びの利いたデザインを選ぶことが多いので、足元に安定感のある英国靴を合わせるとスタイリングとしてバランスが良いですよね。

想い入れのあるジョセフ チーニーを、“ティアモ”流に別注。

— とくに想い入れの深い革靴はありますか?

バイヤーになってから一番初めに別注した「ジョセフ チーニー」のタッセルローファーです。先輩に勧められた「オールデン」を機にローファーにハマり、その次に自分で選んだ「ジョセフ チーニー」を別注できるなんてことは、店頭で販売員をしていた時には考えもしませんでした。「良いものを作りたい」という意気込みから、ブローグのデザインにエッジを効かせて欲しいですとか、色のムラ感も含めて艶っぽい質感のレザーにしたいですとかすごく細かい注文をさせていただきましたね。ブラックとバーガンディとスエードコンビタイプの3種類を展開したのですが、店頭に並んだ時は感慨深かったです。今だから言えますが、その時は売ることよりも僕自身の好みの方が強かったのかもしれません(笑)。

そんな経緯もあって、今年の春夏シーズンも別注させていただきました。昨年の一月にファクトリー見学へ行った際に購入したシングルモンクの革靴がとても良かったので、それをベースにアレンジしました。モンクストラップシューズは甲をカバーするデザインですが、甲の比率と履き口部分を調整することで外見はドレッシーなシングルモンク、履き方や合わせ方はローファー感覚で履けるという一足ができました。こちらもレディースのカタログを見せて頂いてデザインの参考にしたり、ベルトを細くしたり金具をゴールドにするなど、かなりのワガママをお願いして実現した想い入れのあるモデルです。

イタリア出張には、ヴィンテージスチール&ハーフラバーが必須。

— 手入れや履き方にこだわりはありますか?

昔は、革靴のソールにラバーやスチールを付けることが邪道だと思っていたんです(笑)。レザーソール自体の感覚や返りを楽しむために、購入したまま履くことが多かったですね。ところが、バイヤーになってイタリア出張へ行った際に、その時履いていた革靴のソールが驚くくらいボコボコに痛んでしまいまして……。イタリアの街は石畳が多いので、トゥにスチールとハーフラバーを貼らないと出張の度に革靴がダメになってしまうんです。それ以来、購入してから一度は慣らすためにレザーソールで履くのですが、その後はトゥスチールとハーフラバーを貼るようになりました。先輩のバイヤーも革靴のトゥにはスチールを取り付けていたので、尋ねてみたらまったく同じ理由でしたね。

セレクトショップの一バイヤーの要望に、真摯に答えてくれる。

— 「ジョセフ チーニー」の印象を教えてください。

歴史のあるシューメーカーながら、ものすごく考え方に柔軟性があり、現代的な考え方を取り入れるのが上手いと思います。ガチガチのクラシック道を進むメーカーさんと時代に合わせて進化していくメーカーさんがありますが、「ジョセフ チーニー」はまさに後者。ブランドイメージを守るために別注は受けないという老舗メーカーさんも多い中、僕のような一バイヤーの要望を聞いてくださり、細やかな部分まで実現してくださることに感謝しています。自分の番組でも別注モデルの紹介をすることがありますが、歴史あるメーカーさんなのに新しいことに挑戦してくださる姿勢がお客様にとっても新鮮に映っているようです。本当に素敵なメーカーさんだと思います。

「ナノ・ユニバース」バイヤー
福島“ティアモ”雄介さん

1986年生まれ。2009年に株式会社ナノ・ユニバースに入社。ウィメンズの販売、MDを経て2017年よりメンズバイヤーに就任。また、同年から同社の公式YouTubeチャンネルにてスタートしたファッション番組「Tiamo La moda(ティアモ・ラ・モーダ)」(毎週木曜20時配信)の司会進行を担当。“ティアモ”福島の愛称で親しまれている。
https://www.youtube.com/playlist?list=PLwwDP6vN3Zi3ujqTAn3VhQr_G09659qBK

photo TRYOUT text K-suke Matsuda

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タンナーの代表が一目惚れした、コインローファー。 「栃木レザー」代表取締役 山本 昌邦


足入れをした瞬間にクオリティの高さを感じました。
英国らしい落ち着いたカラーも気に入っています。

国内屈指のタンナーとして知られている「栃木レザー」。1937年に創業し、軍需産業の発展とともに栄え、戦後は植物による「タンニンなめし」にこだわり、その魅力を世界に向けて発信し続けています。今回は、「栃木レザー」の代表である山本昌邦さんに、自身の革靴遍歴と愛用しているジョセフ チーニーの魅力について語っていただきました。

ただ消耗するのは、革に対して失礼だと気づいた20代。

— 山本さんの革靴遍歴を教えてください。

初めての革靴デビューは学生時代に履いたローファー。本革というよりは、合皮のようなものでしたが。その頃は、一足を履き潰しては新しいものに買い換えるというルーティンでしたね。ところが、就職をして商社に入った時に配属が革の原料部門だったんです。革の靴やバッグは子供の頃からなんとなく好きでしたが、その革が牛やさまざまな生物から作られているというイメージは正直ありませんでした。だからこそ、革になる前の皮という状態を見た時にはカルチャーショックを受けましたね。それを機に、革に対する想い入れが強くなり、革靴を履き潰すことが革に対して失礼だと気づきました。ですので、20代前半の頃から、どうせなら良い革靴を買おうということで、ボーナスが出た時には必ず革靴に投資していました。約40年前の所得からすれば革靴はとても高価なものだったので、高級な革靴であれば、一ヶ月分の給料が飛んでしまうということもざらでしたね(笑)。それでも、できる限り良い靴を揃え、7〜8足をローテーションするという履き方に変えました。

本当に良い革靴は、履かなくても持っておきたくなるもの。

— 想い入れのある革靴のエピソードを教えてください。

私は元々東京の商社に勤めていて、縁があって1985年から栃木で今の会社に移りました。その際に、何か記念となるものが欲しいと思い購入したのが、チャーチのコンサル(左)です。約30年前にどこかの百貨店で購入して、愛用していました。ここ2〜3年は履いていないのですが、自宅に飾ってあります。本当に良い靴だと思ったら、履かなくても持っておきたいんですよね。何足かは妻に捨てられてしまったのですが、「この想い出の革靴だけは、自分の勲章だから絶対に捨てないでくれ」と懇願しています(笑)。今日は持って来られなかったのですが、初めてのニューヨーク出張の時に買ったフローシャイムのウイングチップも想い出の一足です。お店で展示してあったので、足入れしたらぴったりで欲しい旨を店員さんに伝えたら、その方が店の奥から新しいものを持ってきたんです。「いや、今足を入れたこの靴がいいんだ」と伝えると、新しいものを欲しがらない日本人は珍しかったようで、「変わっているね」と言ってディスカウントしてくれました(笑)。もう一足は手前味噌ですが、リーガルとコラボして作った栃木レザーのシューズ(右)。最近は服装のカジュアル化傾向が進み、良い意味で弊社のタンニンなめしの革が注目されています。革靴のアッパーに使われることは珍しいので、嬉しさもあって愛用しています。

趣向は、ウイングチップからスリッポンへ。

— 革靴は何足くらいお持ちでしょうか?

履いていないものも合わせて、30足程度でしょうか。自分の体型ががっちりしていることもあり、それに合う革靴という意味でも質実剛健な英国靴が多いです。見た目にも安定感がありますし、グッドイヤーウェルト製法だとソールを替えれば長く愛用することができますからね。形はトラディショナルなウイングチップが好きです。色々な形を履きたいという気持ちもあるのですが、いつもつい同じような形を選んでしまいます(笑)。ですが、最近はお腹が出てきて紐を結ぶのが大変になったとこともあり、ローファーなどのスリッポンタイプの革靴を履く機会が増えました。パンツのデザインもスリムなものが多いので、バランス的にもスリッポンの方が合うんですよ。

本国にあるファクトリーショップで一目惚れ。

— 「ハドソン」との出会いを教えてください。

昨年の1月にジョセフ チーニーのファクトリーへ行ったのですが、待ち合わせの時刻より早めに着いてしまいました。すぐ隣にあったファクトリーショップに入って時間を潰そうと思っていたのですが、中に入るやいなや、このローファーを見つけ一目惚れしました。足を入れてみても自分の足にフィットしたので、気に入ってすぐに購入しました。とくに気に入っているのは色です。イギリスの製品は、他のヨーロッパの国々と比べて伝統の重みや重厚感を感じさせてくれるのですが、とくに色の出し方が落ち着いていて好きですね。気候や風土によるところが大きいのかもしれませんが、良い意味でくすんだ色出しが上手いですよね。それに、革質や作りもしっかりしていて足入れした瞬間から「これは長持ちするな」と感じました。カジュアルスタイルにもスーツスタイルにも合わせられるので、出張の時にも大活躍です。手入れは頻繁にはできないので、時間のある休みの日の朝に磨くように心がけています。

伝統を守り続けるために、日々改革を続けるメーカー。

— ジョセフ チーニーの印象を教えてください。

あらゆるものに共通していますが、天然素材を扱っている仕事は、絶対的な経験値がクオリティに反映されるというのが私の持論です。革にしても、1600年代頃から続いているヨーロッパのタンナーさんがなめした革は圧倒的に質が高いんですよね。長い歴史の中で積み重ねて来た技術力は、たとえそこで働く人が変わっても継承されていきます。よほど大きなデザイン変更や、経営マインドをガラッと変えたり、受け継いで来た製法を変えるとなれば話は変わるかもしれないですが。そういう意味では、英国に130年以上根付いているジョセフ チーニーの革靴は、質が高く味わいが明らかに違いますよね。これは、ある有名な寿司職人さんの受け売りですが、伝統とは改革があってこそ維持されていくものだと思います。寿司職人の世界で言うなら、シャリを握った時に毎回米粒の数が同じというレベルになれば本当の職人。それは、そこに到達するまでの創意工夫や変革を求めて積み重ねた努力の成果とも言えるわけです。ジョセフ チーニーは、ブランド自体に背景となる歴史がありながら常に改革を続けています。手前味噌ではありますが、自社にも通ずるそういった姿勢に非常に感銘を受けました。

「栃木レザー」代表取締役
山本 昌邦さん

1955年生まれ。静岡県出身。大学卒業後、東京の商社で革の原料部門を担当する。1985年に栃木へ移り、「栃木皮革(現在の栃木レザー)」の代表取締役に就任。国内屈指のタンナーとして、植物を使用したタンニンなめしにこだわり、国内外に良質なレザーを供給し続けている。

photo TRYOUT text K-suke Matsuda

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フォトグラファーの足元を守る、ミリタリーシューズ。 長山 一樹


傷や汚れを気にせずに、何処へでも履いていける革靴。
ロケ撮影の時にも大活躍しています。

ファッションフォトグラファーとしてさまざまな媒体で活躍する長山一樹さんは、その職業には珍しくどんな撮影にもスーツスタイルで臨んでいます。当然、スーツに合う革靴をたくさん所有しており、撮影場所の環境によって適した一足をセレクトしているそうです。そんな長山氏が「ジョセフ チーニー」のラインナップから選んだのは、ブランドを代表するミリタリーシューズ「CAIRNGORM Ⅱ R」でした。今回は、氏の革靴遍歴やお仕事の話とともに、その魅力を伺いました。

仕事以外の活動に、楽しみの幅を広げたかった。

— 昨年、自身初となる個展を開催されていましたが、仕事とやりたいことのバランスはどのようにお考えですか?

フリーランスになってから約10年が経ちますが、毎日違う仕事をやっているはずなのに、求められる答えの出し方に差がないということに気づいてしまったんです。忙しく仕事をできていることには感謝しているのですが、脳みその使い方が偏っているのは良くないと思い、何か仕事以外のことをやりたいと思い立ったんです。それまではテーマが自然と決まらないこともあって二の足を踏んでいましたが、次第に自分の好きなものが構築されてきたこともあって、「こういうことをしたら面白いかも」とイメージが湧いてきました。それが自分の今までやってきたことと辻褄が合ったので、満を辞して、ニューヨークの街角を切り取った「ON THE CORNER NYC」という個展を開催しました。もともとファッションというカルチャーが好きなので、どんな仕事も楽しいんですが、それ以外のところに楽しみの幅を広げてみたかったんですよね。今後は、「ON THE CORNER」というシリーズで色々な国や街を取り上げていきたいと思っています。まだ100%やるとは決めていないのですが、今はインド版をやってみたいと密かに思っています。1950年代にル・コルビジェが都市開発を手がけた「チャンディーガル」という都市へ行って、半世紀がすぎた建造物がどうなっているのか切り取ってみたいですね。

やりたいことがあったら、まずはカタチにしてみるのが大切。

— 写真家さんと言えばアクティブな格好の方が多い印象ですが、長山さんが確固たるスーツスタイルを貫いているのはなぜですか?

一年半くらい前に、やりたいことを紙に書き出してみたんですよ。たとえば、「地球を一周したい」とか、「何々が欲しい」とか。その中に、「スーツを一着仕立てたい」というのがあったので、なんとなく欲しいスーツ像を思い浮かべながらあるお店へ行ってパターンオーダーで仕立てたんです。その出来栄えがかなり良かったというのもあって、スーツを着るのが楽しくなってしまったんですよね(笑)。で、どうせなら毎日着ようと思って以来、このスタイルを貫いています。僕の場合、愛用しているカメラの性質的にも撮影の時にあまり動き回らなくて済むんですよ。時には、座って撮影することもあるくらいです。もちろん、アングルとして欲しい場合は這いつくばって撮ることもありますが、そういう時はアシスタントの子が気を使って床に何かを敷いてくれます。ロケ撮影の時にも、さすがに靴だけは変えていますが基本的にはスーツを着ています。注意しないとダブルに仕上げたパンツの裾に木屑や砂が入っている時があって、帰ってから嫁に怒られますが(笑)。このスタイルにして以来、嬉しいことにドレスクロージングの仕事が増えてきたんです。やはり、やりたいことや好きなことを本気でやっていると周りも呼応してくれるものですよね。

過去から未来を含めて、価値のあるモノを選びたい。

— モノを選ぶ際に大切にしていることはありますか?

カメラがまさにそうなのですが、手間暇をかけて作られていたり、歴史があって長く愛せる本質的なモノが好きですね。たとえば、今日持ってきた二台のカメラはスウェーデンの「ハッセルブラッド」というメーカーのもので、こっち(右)はスタジオマンの時にローンを組んで手に入れて以来15年以上愛用しているものです。これはもともとフィルムカメラなんですが、パーツを付けてデジタルにしているんです。なぜこういうことが成り立つのかと言うと、ブランド自体の歴史とアイデンティティがあって、時代の違うパーツ同士に整合性があるからなんですよね。そういう意味では、過去から未来を含めて価値がありますし、普遍的でありながら進化しているモノづくりというのは素晴らしいですよね。もう一方は、展示のためにニューヨークへ行く際に新調した「H6D」という最新モデルです。このカメラもまだ「H3D」だった頃から気に入っていて、シリーズとしては10年以上愛用しています。

アメリカ靴から始まり、英国靴にたどり着いた。

— 革靴遍歴を教えてください。

革靴への憧れはずっとあって、まだスーツスタイルに目覚める前に初めて「オールデン」のチャッカブーツを買いました。その後、モディファイドラストのプレーントゥやバリーラストのウイングチップも買ったのですが、当時はスーツを着ていなかったのであまり履く機会はなかったですね。今のスーツスタイルになって革靴をよく履くようになってからは、ペニーローファーやタッセルローファーも購入しました。さすがにレザーソールばかりだとロケ撮影の時に履く靴がないので「パラブーツ」も手に入れて愛用していましたが、もっとドレッシーな革靴が欲しいと思うようになり、英国靴に惹かれるようになりましたね。英国靴は、アッパーが上品でもソールがラバーであったり、カジュアルさの中にもドレッシーな要素があるようなシューズが多く、バランスの良いところが魅力だと思ってます。今は20足くらい革靴を持っていますが、基本的にはアメリカ靴と英国靴を履き分けているような感じです。コレクションという考えはまったくないので、どの靴もちゃんと履いて長くつき合っていきたいと思っています。

オフロードに屈せず、ガシガシ履けるタフなシューズ。

— 本日履いている「CAIRNGORM Ⅱ R」はどのような部分に惹かれましたか?

仕事柄、山や海へ行くことも多いので、ロケ撮影時の靴選びは重要なんです。仮に大自然の中へ出かける場合、デリケートな革靴を履いていくわけにはいかないですからね。そういう時に履いていくために、「CAIRNGORM Ⅱ R」を選びました。購入してから早速、樹海での撮影に履いて行ったのですが、ソールのグリップ力も抜群ですし、アッパーがタフなシボ革なので汚れや傷を気にせずガシガシ履くことができました。ドレスシューズだと、大切に履きたいがためにあまり履かなくなってしまったり、手入れにも神経を使わなければいけないんですが、良い意味であまり気にせずに履ける「CAIRNGORM Ⅱ R」はロケ撮影には最高の一足ですね。僕はスーツに合わせていますが、軍パンやチノパンツとの相性も良いですし、ソールが少し汚れているくらいでも逆にかっこいいかもしれないですよね。もともと、本当に気になるまで手入れをしない方なので、何もせずともかっこよさをキープしてくれるこの靴はかなり重宝しています。

ケンゴン

歴史と技術がありながら、新しいことにも挑戦している。

— 「ジョセフ チーニー」にはどのような印象をお持ちですか?

英国のシューメーカーにはライバルが多いですが、他と比べてモダンな要素があるところが好きです。歴史が長い分、変わらずに安定しているシューメーカーさんも良いと思いますが、「ジョセフ チーニー」は歴史と技術というベースがありながらも、そこだけに固執せずに今の時代の空気を取り入れながらアップデートしているという印象があります。僕の愛用しているカメラと同じように、普遍的でありながら進化しているモノづくりをしているところは素晴らしいですよね。それに、革靴を普段履かない人にとって正統派の革靴は価格的にも敷居が高いというイメージがありますが、「ジョセフ チーニー」は本格的なモノづくりにも関わらず、挑戦しやすい価格であるのも魅力だと思います。僕の場合、初めはミリタリーシューズから入ったわけですが、個人的に次は定番のストレートチップやウイングチップのモデルを履いてみたいと思っています。

フォトグラファー
長山 一樹さん

1982年生まれ。神奈川県出身。2001年に株式会社麻布スタジオに入社。その後、2004年に守本勝栄氏に師事する。2007年に独立し「S-14」に所属して以来、さまざまなファッション誌や広告などで活躍する。2018年には、初の個展「ON THE CORNER NYC」を開催。また同年に、自身が長年愛用しているカメラのメーカー「ハッセルブラッド」の、ジャパン・ローカルアンバサダーに就任する。
https://www.ngympicture.com

photo TRYOUT text K-suke Matsuda

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ジョセフチーニー

解体することで見える、知られざるモノづくりの意匠。

ジョセフチーニー


シューリペアの雄・ユニオンワークスにより、代表モデルを解体。
「ジョセフ チーニー」の徹底したモノづくりを解明する。

160以上の工程を経て、さまざまなパーツにより生み出されるジョセフ チーニーの革靴。そのこだわりは目に見える部分だけに留まらず、普段は見ることのできない構造や部材にも職人やメーカーの意匠が凝らされています。そこで今回は、シューリペア界の草分けであり、年間に何千足もの革靴修理を手がける「ユニオンワークス」さんに、「ジョセフ チーニー」を代表する2モデル「ALFREAD」と「CAIRNGORM Ⅱ R」の解体を依頼。その工程で感じたモノづくりの良さを、代表の中川氏と工場長の櫻井氏に伺いました。

靴ジョセフ チーニーを代表する2つのマスターピース。

セミブローグ

ALFRED
ストレートチップモデル「ALFRED(アルフレッド)」は、アッパーにはカーフ、ソールにはレザーソールを使用し、木型には「125」を採用しています。このラストは、2011年にブランド125周年を記念して開発されました。細身でヒール部分を小ぶりに設計しており、現代人の足にフィットする構造が特徴です。スマートな表情ながら、バランスの取れた丸みのあるトゥに伝統的なクラシックさを感じる定番モデルです。

CAIRNGORM Ⅱ R
カントリーコレクションのモデルである「CAIRNGORM Ⅱ R(ケンゴン Ⅱ R)」は、アッパーにキズや汚れに強いグレインレザー、アウトソールにグリップ力と耐久性を兼ね備えたダブルコマンドソールを使用し、タフな作りで好評を博しています。また、木型には英国軍に供給していた実績もある、日本国内で展開している中では最も歴史の深い1969年に制作された「4436」を採用。非常に手間がかかる「ヴェルトショーンウェルト仕様」で作られており、アッパーとウェルトの隙間から雨水が浸入するのを防いでくれるのが魅力です。

今回解体を依頼したユニオンワークスを代表する2人。

中川一康

「ユニオンワークス」代表 中川一康
1965年生まれ。大学卒業後にファッションの道を志し、専門学校に通う。その後、アパレル会社を経て、靴修理の専門企業に就職。29歳で独立し、「ユニオンワークス」を設立する。初めは自宅兼工房でスタートし、現在では、渋谷、青山、銀座など5店舗を運営する。

「ユニオンワークス」工場長 櫻井博喜

「ユニオンワークス」工場長 櫻井博喜
記念すべきスタッフ第一号として「ユニオンワークス」に入社。現在はファクトリーの工場長として勤務し、年間1000足以上の靴修理を手がける。リペア歴20年以上の大ベテラン。

<各パーツの名称>

(左から順に)
1:アッパー
革靴の顔となる部分の革。

2:ライニング
アッパーの補強や足への快適性向上を目的にアッパーの裏側に付ける革。

3:先芯
トゥ周りを立体的に構築し、補強をするために入れる芯材。

4:月型芯
踵部の型崩れ防止とホールド力をアップのために、アッパーとライニングの間に入れる芯材。

5:ヒールソック
クッションの役割を持つインソールの踵部分を覆う薄皮。

6:縫い糸
リブとウェルトのすくい縫いに使われていた糸。各箇所に適切な糸が使われている。

7:ウェルト
アッパーやインソール、アウトソールを縫い付けるために必要な革。

8:インソール
足に接地する中底部分。裏側にはグッドイヤーウェルト製法で必要となるリブ
というパーツが付いている。

9:ミッドソール
インソールとアウトソールの間に入れるもう一枚のソール。
※使用しない場合もあります

10:シャンク
アウトソールとインソールの歪みを防ぐため、土踏まず部分に入れる芯材。

11:コルク
アウトソールとインソールの隙間を埋め、クッション材の役割を果たす。履くほどに足に馴染む。

12:アウトソール
ソールの着地面。ラバーやレザーなどさまざまな素材がある。

13:ヒール
アウトソールの踵部分に付くパーツ。一般的にアウトソールと同素材のものが付く。

英国製の品質を守り続ける数少ないメーカー。

中川:1990年代の半ばから靴修理の業界にいますが、最近は解体してみて「これ、すごいねぇ」と感動する革靴が減った気がします。

櫻井:そうですね。

中川:一概に「MADE IN ENGLAND」と言っても、中には次第に品質が悪くなっているメーカーもあるんですよね。オールソール交換という仕事で革靴を毎日のようにバラしていると、「なんだこれ」と思わざるを得ないほど作りに手を抜いている革靴もまぁまぁ見るんですよ。よくこれで検品を通してきたなと感じることも多々あります。そういう意味では、「ジョセフ チーニー」は良いですよね。バラしてみても、手を抜いている部分がまったくありませんでした。もともと真面目な靴だというイメージがあるよね?

櫻井:ありますね。今回、バラしてみてさらにそう感じました。釘を打つべきところにはしっかり打ってありますし、縫うべきところはきちんと縫ってありましたね。ソールを開いた時に、「綺麗だな」という印象が強かったです。

中川:精緻でマジメに作っているという姿勢が垣間見えますよね。革靴づくりの基本に忠実で、素材にも手を抜かずにきちんと作っている印象です。そういう意味では、価格に対して品質の高い革靴を作っている数少ないメーカーと言っても過言ではないと思います。

ステッチワークから見える技術力の高さ

中川:たとえば、外したウェルトを見ると分かるのですが、白い糸ですくい抜いをしている部分と、黒い点々で見えるアウトステッチのラインが重ならず、綺麗に平行になっています。これは基本で当たり前のことなんですが、今ではできるメーカーさんが少なくなってきているんです。革靴にとって、すくい抜いのステッチは、“心臓部”と言うべき大事な部分なので、ここに後からかけるアウトステッチが重なると、すくい縫いのステッチに触って、切れてしまうこともあるんです。そうなると完全に不良品なんですよね。ところが、こればかりはバラしてみないと分からないんです。

櫻井:「ジョセフ チーニー」の革靴は、ちゃんとアウトステッチがすくい縫いにギリギリ重ならない部分を縫っているので感心しました。現在は、このように縫うことができない英国の工場も多いですからね。すくい抜いのピッチが均等であることからも技術力の高さを感じます。

中川:あと、ウェルトにアウトステッチが縫われているのがちゃんと見えるじゃないですか。僕はこれがすごく好きなんですよ。ウェルトに浅くメスを入れてから縫う手法もありますが、革靴を長く履くことを考えるとあまり良くないんです。

櫻井:メスを入れることでウェルトが裂けやすくなることも多いですからね。新品の時には分からなくても、履き込んだり、革靴が痛んできた時にちぎれやすくなります。

中川:だからこそ、この革靴のようにウェルトにメスを入れずにしっかりアウトステッチが乗っていると安心ができて好きですね。中には、上から見た時にウェルトが張り出していて見える革靴もあるんですが、その方がリスクがなくて簡単なんです。「ジョセフ チーニー」のすごいところは、そこまで張り出しがないのにも関わらず、この仕様を実現できているところですね。

代々受け継がれてきた、妥協を許さないモノづくり。

中川:ソールはどうだった? パラっと剥がれた?

櫻井:どちらのモデルも綺麗に剥がれましたよ。革靴によっては、ソールを剥がした時にコルクが全部くっついてしまうモノもあるんですよ。

中川:昔の英国靴はアウトステッチだけでアッパーとソールを留めていたので、脇からカッターを入れて切ると綺麗にソールが剥がれたんです。最近では、接着してある革靴も多いので、変な話ですが「縫わなくてもいいんじゃないか」と思うこともあります。

櫻井:ソールが剥がしやすいということは、修理作業がしやすいということです。つまり、修理の際に余計な部分を痛めなくて済むんですよ。たとえば、ソールにこびりついたコルクを除去したり、無理に引っ張ってウェルトをちぎってしまう心配がないということですね。

中川:あとは、当然ソールの屈曲性にも関係してきますよ。接着ではなく、アウトステッチだけで留まっている方が断然履き心地は良いですね。

櫻井:あとは、アッパーのつり込みも深いですよね。最近では浅いモノも多いんですよ。アッパーの革がしっかり中につり込まれているからこそ、フォルムが美しいですよね。

中川:それは素晴らしいことだよね。リブの位置が外であればあるほど、作るのは楽になるんですよ。ただその分、見た目の美しさは欠けてしまうんです。

櫻井:そうなんです。深くつり込むことで、革靴を上から見た時にウェルトが見えなくなり、ソールが立体的に見えるようになります。「エドワード・グリーン」や「ガジアーノ&ガーリング」もかなり深くつり込んでいますよ。言ってしまえば、革靴の顔立ちを大きく左右する工程で、とくにドレスシューズには重要なポイントです。

素材のこだわりと美しさの追求に余念がない。

櫻井:パーツの一つひとつに天然素材を使っているというのも嬉しいですよね。たとえば「ALFRED」にはヒールの積み上げ部分に本革が使われていました。最近では、革と紙を細かく砕いて圧縮したパーツを使っているメーカーさんも多いんです。土踏まずの部分にも、歪みを防ぐためのウッドシャンクが使われていましたし、コルクの材質も良質でした。おそらく、「ジョン・ロブ」や「エドワード・グリーン」と同じ素材を使っているんじゃないでしょうか。

中川:見えない部分に使用されている素材の良さも然り、「ジョセフ チーニー」は見た目に影響するディテールにも妥協をしていないですよね。「ALFRED」は、コバのエッジ部分の仕上げが美しいと思いました。

櫻井:たしかに、そうですね。コバの中心を少しえぐって上下に爪(エッジ)を付けるダブルリップ仕様を辞めてしまうメーカーさんも多いんですよ。

中川:この爪がないと安っぽくて味気なく見えてしまうんですよね。なおかつ、「ALFRED」のように左右対称で同じ位置に爪をつけてあるとさらに美しい見た目に仕上げることができるんです。

革靴の製法にまで、職人のスピリットを感じる。

中川:「CAIRNGORM Ⅱ R」もすごいですよね。リペアで沢山の革靴をお預かりしますが、ヴェルトショーン製法の革靴というのは100足に1足あるかないかというぐらいなんです。この製法を続けているというのは本当に貴重ですよ。

櫻井:たしかにすごいですね。

中川:アッパーにアウトステッチがかかっているので、知識がないとステッチダウン製法と思うかもしれませんが、これはかなりすごい製法ですよ。ヴェルトショーン製法は、グッドイヤーウェルト製法の派生とも言われていますが、通常ならアッパーをライニングと一緒にリブとウェルトの間につり込み、どちらもすくい抜いで固定しますが、ヴェルトショーンの場合は、つり込んだ後、アッパーだけを戻して、ライニングは通常通り、リブ、ライニング、ウェルトですくい縫いを行い、逆にアッパーはウェルトの上に乗せてアッパー、ウェルト、アウトソールを出し縫いで止めています。そうすることでグッドイヤーウェルト製法とステッチダウン製法のメリットを併せ持つことができます。

櫻井:しかも、「CAIRNGORM Ⅱ R」はダブルソールなのでアッパーとウェルト、2枚のソールの4層をアウトステッチで一気に縫い付なければいけないですよね。

中川:非常に手間のかかる作業ですし、熟練した職人技術と特殊な機械も必要になるので生産数も限られるはずです。その甲斐もあって、防水性は高いでしょうね。

櫻井:しかも、グッドイヤーウェルト製法と同じようにリブが付いているので、隙間を埋めるためにインソールとアウトソールの間にコルクが敷き詰めてあり、シャンクも入っていました。その分ステッチダウン製法の革靴と比べて、屈曲性や履き心地が格段に上がります。

中川:「ジョセフ チーニー」のモノづくりの良さは間違いないですね。今回、2つの代表モデルを解体してみて、ある意味で“工芸品”に近いと言っても過言ではないと思いました。

ユニオンワークス

1996年に、英国製の紳士靴を中心とした靴修理店として渋谷区にて創業。2009年より、英国ブランドに依頼しオリジナルシューズの制作にも取り組む。現在では、青山、銀座、新宿などに6店舗を展開。リペア業に加えて、代表である中川氏の好きな洋服や革靴、雑貨の販売も行う。
https://www.union-works.co.jp

photo TRYOUT text K-suke Matsuda

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日本一のシューシャイナーがたどり着いた、粋(いき)なローファー。 「THE WAY THINGS GO」オーナー/シューシャイナー 石見 豪


ケアと修理は切り離せないもの。
長く美しく履くためには、品質の高い英国靴が最適。

まったくの未経験の状態から路上で靴磨きをスタートし、出張靴磨きサービスなどを経て、何万足という数の革靴を磨いて修行。今年の初めに開催された「靴磨き日本選手権」に出場し、日本チャンピオンの座を勝ち取ったのが、大阪の靴磨き店「THE WAY THINGS GO」のオーナー兼シューシャイナーの石見豪さん。日々、沢山の革靴とそのストーリーに触れられている氏に、自身の革靴遍歴と英国靴の魅力を訊ねました。

靴磨きの重要性を文化として根付かせたい。

— 今年の初めに日本一のシューシャイナーの称号を獲得されたことで、さらに活動を注目されるようになったのではないでしょうか。現在は、どのような日々を過ごされていますか?

日本一になってからは、イベントや取材依頼がかなり増えました。「結果として「THE WAY THINGS GO」への来店数は、ほぼ倍になっているんです。年明けには東京にお店を出店するので、最近は東京にいることが多いですね。大阪へ戻るのは月に数回という生活を送っています。店頭に立っていることもありますが、最近ではオリジナル商品の企画にも意欲的に取り組んでいます。たとえば、このブラシも「KINKOU」というブランドを立ち上げてリリースしたモノですし、今着ているスーツも型紙からビスポークで仕立て、機械に読み込ませMTMオーダーにすることで、スタッフがユニフォームとして気軽に発注できるようにしました。

SNSのおかげで、靴が綺麗になる様子と、究極まで磨き上げた結果を誰もが気軽に見れるようになり、以前より靴磨きに関心を持たれている方が増えていますが、その一方でまだまだ「靴は修理しないと履けないが、磨かなくても履ける」と認識されている方も多いです。たしかに、グッドイヤーウェルト製法の靴であれば、ソールを張り替えれば長く履けると思いますが、やはりそこに至るまでのケアも必要なんですよね。アッパーのレザーが痛んでいるのに、ソールだけ張り替えて長く履いても格好悪いじゃないですか。そういう意味では、ケアと修理は切り離せないものだと思うので、街中に革靴の修理屋さんや洋服のクリーニング屋さんが沢山あるように、靴磨き屋が増えていけば文化としてさらに根付くと思っています。

お店の福利厚生として、本格的な「ヨガ」を導入。

— オフの時間には何をされていますか?

職業病なのですが、これまでに3万足以上の革靴を磨いてきたせいか、右腕が左腕に比べて7cmも太いんですよ。身体の左右のバランスが悪くなってしまうので、首が痛くなることも多々ありまして……。バランスの良いしなやかな筋肉をつけて、特に肩甲骨周りを重点的に、身体の柔軟性を高める必要があるんです。そこで、たまたまサッカー選手の長友佑都さんを教えていたヨガの先生が大阪にいらっしゃったので、お店の福利厚生にヨガを取り入れました。「THE WAY THINGS GO」が入っているビルに別の部屋を借りているので、その先生にお越し頂いて、休日にスタッフみんなで集まってヨガをやっています。勘違いされがちですが、ヨガはインナーマッスルを鍛えるハードな運動で、全身筋肉痛になります笑。あとは、スーツの似合う体型維持を目的にボルダリングなどもやっています。靴磨きはすごく体力のいる仕事なので、靴と同じように身体のメンテナンスも不可欠です。

お客様からの影響で日々磨かれていく感性。

— 革靴遍歴を教えてください。

サラリーマン時代に、勤めていた会社の社長から「バリー」の革靴を頂いたんです。革靴ブランドではありませんが、当時の僕からすれば、ちゃんとした革靴を履くのは初めてだったので衝撃でした。それ以来、ファッションや革靴に興味を持ち始め、自分で調べるようになりました。とくに勉強になったのは、お客様から得た知識です。出張で靴磨きをやっていた時も、茶道を嗜まれている方や立体駐車場があるような豪邸をお持ちの方の所へも行っていましたので、お客様が80万円も100万円もするスーツを着られていることも多かったんです。そこで、こちらも見栄えのするものを着ないと信用してもらえないと思ったのですが、時計やスーツの最高峰は価格も天井知らずで……。革靴であれば高級なモノでも数十万円でオーダーできるので、これならなんとか自分にも手が出るということで関心を深めていきました。社会人17年目ともなると累計で100足は超えましたが、欲しいというお客様やお店のスタッフに譲ったり、履く履かないを取捨選択しているうちに半分程になりました。
その内、よく履いている靴は20足程ですね。

中でも良く履いているのが、こちらの3足です。ジョン・ロブ ロンドンのゴルフシューズ/キルトはタンから繋がっています(笑)。あとはオーダーをしたのに、トゥとボディの色が反対であがってきた「ガジアーノ&ガーリング」のシューズ。このバタフライローファーもビスポークで、日本で初めてうちのお店がトランクショーをした「リカルドフレッチャベステッティ」のものです。イタリアのブランドらしく、ものすごく納期が遅れて苦労をしたのですが、デザインが気に入ってよく履いています。

年齢と共にたどり着いた、マイナスの美学。

ー 「ジョセフ チーニー」のローファーを購入されたきっかけを教えてください。

出張靴磨きの時に、出張先で膝をついたり、膝の上に靴を乗せて磨くことが多かったので、基本的にジャケットにデニムというスタイルで働いていました。それに伴い、カジュアルな外羽根式の靴が増えていったんですね。そういったこともあって、最近までローファーも先ほどお話したバタフライローファーしか持っていなかったんです。今のワードローブを考えてみても、グレーやネイビーなどの単色が多いですし、シンプルなローファーが欲しいと思っていたので「ジョセフ チーニー」のこの靴を購入しました。デニムにも合いますし、質実剛健なモノづくりながら、奇を衒わずにスタンダードなデザインにしているところが気に入っています。僕がかっこいいと思う50〜60代の方々がシンプルな格好をされていることもあり、年齢とともに江戸の粋(いき)と呼ばれるマイナスの美学に惹かれるようになりました。京都の上方では逆で、粋(すい)といって舞妓さんが華やかに着飾るようなプラスの美学なんですけどね。

品質が高く、ソールを変えるまでの寿命も長い。

ー 英国靴にはどのような魅力があると思いますか?

うちのお店でも、イタリア靴よりも英国靴をお持ちになられる方が非常に多いんですよ。アメリカ靴も多いですが、ほぼ「オールデン」という印象ですね。「ジョセフ チーニー」もそうですが、品質管理をすごく丁寧にされていますよね。安価な靴であれば、ソールを出し抜いする糸にナイロンの組糸を使っているので磨耗した時にすぐソールがダメになりますが、良い靴であれば麻糸にステッチングワックスやチャンを染み込ませたものでしっかり縫っているので、アウトステッチが切れたくらいでソールが開いたりしない。グッドイヤーウェルト製法の英国靴は、何度もソールを変えて履けると言われていますが、そもそもソールを変えることに至るまでの寿命が長いですよね。これはあくまで主観ですが、アメリカ靴は同じモデルでも個体差がでる確率が高いと感じています。比べて英国靴は、革をちゃんと間引いて選定する基準が平均的に高いと思います。靴自体の品質が高いからこそ、修理がしやすいというのも魅力ですよね。

靴をきちんと磨くことで、掴めるチャンスもある。

ー 革靴との理想的なつきあい方を教えてください。

サラリーマン時代の同僚が、初取引の契約を競合他社から勝ち取った時に、取引先の社長さんから言われた一言が印象に残っています。その時は、4社に相見積もりを取られていたようなのですが、明らかに他社の条件が良かったのにも関わらず、同僚の見積もりに決めてくださったんです。その理由が、「靴が綺麗だから」だったんですよ! 一つの価値観として、汚い靴を履いていた時に初対面で「汚いね」と言う方はいないですが、靴を綺麗にしているとそこを評価してくださる方もいるということです。つまり、汚い靴を履いていると逃しているチャンスが結構あるかもしれないんですよね。もし仮に取引先企業の社長さんが、そういう価値観であれば機会をもらえていない可能性がありますからね。そういう意味では、靴の美しさを一つのコミュニケーションや自己表現と捉えてみるのも面白いと思いました。

「THE WAY THINGS GO」オーナー/シューシャイナー
石見 豪さん

1982年生まれ。勤めていた会社を退社した後、靴磨き業に傾倒。路上から靴磨きをスタートし、修行を積んだ後、2012年、出張靴磨きサービスを創業。2015年、大阪の登録有形文化財内に靴磨き専門店「THE WAY THINGS GO(ザ ウェイ シングス ゴー)」をオープン。2018年1月、銀座三越店で開催された「靴磨き日本選手権大会」にて優勝。2019年1月、東京初となる店舗を出店予定。
https://www.twtgshoeshine.com

photo TRYOUT text K-suke Matsuda

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アエラスタイルマガジン

ファッション誌編集長が語る、ビジネスマンが英国靴を履くべき理由。 「アエラスタイルマガジン」編集長 山本 晃弘

アエラスタイルマガジン


男性がモノを選ぶ時には理由が必要。そういう意味でも「ジョセフ チーニー」には魅力があります。

数々の男性誌で敏腕を振るい続けた後に、『アエラスタイルマガジン』を2008年に創刊。それ以来“ニッポンの男たちの着こなしを素敵にする”という命題に立ち向かい続けているのが、同誌の編集長を務める山本晃弘さん。実際にスーツを着て働くビジネスマンの意見に耳を傾け、洋服を素敵に着こなすためのルールを常にアップデートしている同誌だが、革靴においてはとくに英国靴を提案しているという。その哲学の所以や、山本さんも愛用している「ジョセフ チーニー」の魅力について尋ねた。

アエラスタイルマガジン

ビジネスマンに個性のある着こなしは必要ない。

— 山本さんは、『アエラスタイルマガジン』や、今年の3月に出版された著書『仕事ができる人は、小さめのスーツを着ている。』で、一貫して「着こなしに必要なのは、センスよりルール」という哲学を貫かれていますね。

『アエラスタイルマガジン』にも著書にも通ずることですが、友人にファッション雑誌を読まなくなった方が大勢いまして、そういう方々にもう一度ファッションの面白さを伝えたいという想いがありました。それを届けるためには、「センスですよ」とか「流行っていますよ」という表現では伝わらないと思い、「きちんとしたルールを知れば誰もが素敵になれる」というコンセプトを考えました。雑誌を創刊した時に、より多くの方に届けるためにタブロイドを連動し、最近ではWEBマガジンやイベントなど、さまざまなタッチポイントを設けて届けようとしています。それでも、まだまだ伝えられていないサイレントマジョリティーが沢山いることを次第に感じるようになりました。そういう方々に、少しでも伝えたいという想いもあり、『仕事ができる人は、小さめのスーツを着ている。』を上梓しました。そこには、『アエラスタイルマガジン』を10年作り続けてきた中で、また、男性ファッション誌に30年以上携わってきた中で、自分がどういう心がけで洋服のルールにたどり着いたのかを詰め込んでいます。よくビジネスマンの方々が目指すべきは、「個性のある上級者ではなく、知性のある中級者」とお話しますが、仕事で一番大切なのは間違いなく中身です。ただ、その中身が伝わるようにするためには、どういう着こなしをすべきか考えるのも仕事のうちだと思っています。だからこそ、素敵に見える着こなしの方法をルールとして伝えながら、実際にスーツを着て働くビジネスマンの声にも常に耳を傾けるようにしています。たとえば、「シャツのインナーに下着を着るべきか」、「スーツにバックパックを合わせるのはアリかナシか」など、リアルな声を聞いた上でルールをアップデートしていくのも私たちの使命だと思っています。

シューズ

数を持つよりも、生涯付き合える相棒を厳選。

— 革靴遍歴を教えてください。

初めて購入した革靴は、「コール ハーン」のファクトリーブランドが作っていたローファーです。故郷である岡山のアメカジショップで手に入れました。その後しばらくは、『メンズクラブ』や『ポパイ』を読んでアイビーの洗礼を受けて育ったこともあり、ローファーやデッキシューズを何足も持っていましたが、いわゆるドレスシューズというのは持っていませんでしたね。自分が『メンズクラブ』で編集の仕事をするようになってからもその名残があり、いつも靴担当の編集者と論争になっていましたよ。よくウールのスラックスに白スニーカーを合わせていたのですが、「山本さんのコーディネートは間違っている」と言われまして(笑)。ドレスパンツにドレスシューズを合わせるのは当たり前過ぎるので、「自分は自分のスタイルを貫く」と当時は少し尖っていたんですよね。今思えば、若気の至りとも言えますし、年齢的にドレススタイルに対しての照れがあったのかもしれません。どちらかと言えば、デニムやチノーズにプレーントゥの革靴やローファーを合わせる方が好みでしたね。しっかりとしたスーツスタイルにドレスシューズを履くようになったのは、『アエラスタイルマガジン』を創刊した頃からでしょうか。ワードローブに関して、「男が一生のうちに付き合う服や靴の種類はそれほど多くなくていい」という考え方をもともと持っているので、所有している革靴はそれほど多くありません。今履いている「ジョセフ チーニー」のプレーントゥ、本日お持ちした「クロケット&ジョーンズ」のストレートチップ、「チャーチ」のモンクストラップやチャッカブーツのほかに、「オールデン」のプレーントゥやローファーなどを持っていますよ。スーツを着用する時には、雑誌でも英国靴を選ぶことが多いですね。

ネクタイ

必要な処置に応じて、お店を使い分ける。

— 革靴のお手入れにこだわりはありますか?

マメな方ではないので、1〜2ヶ月に一度のペースで所有している革靴を磨くように心がけています。その他に、メンテナンスの種類によってお店を使い分けています。たとえば、仕事や展示会回りの合間には、有楽町の靴磨き屋さん「千葉スペシャル」に立ち寄り履いている靴を磨いてもらいますし、靴に雨染みができてしまった際には、新橋駅の地下にある「靴磨き本舗」にメンテナンスをお願いしています。また、年に一度まとめて「ユニオンワークス」に持ち込み、ソールの張り替えなど、必要なリペアを施してもらっています。

本当の“一生モノ”になり得るのが英国靴の魅力。

— 『アエラスタイルマガジン』で、英国靴を勧められているのはなぜですか?

一番の理由は、ソールの張り替えができるグッドイヤーウェルト製法を世に広めた国だからです。たとえば、この商品が高いのか、あるいは安いのかを考える時に、高くても買う理由があれば高くないですし、逆に安くても値段に見合う価値がなければ安くはないわけです。という風に考えると、英国靴を購入し、ソールを張り替えながら何年も付き合い続けるのか、1〜2万円の革靴を購入して一年に満たずして履き潰すのか、どちらが賢いビジネスマンなのかは明らかですよね。以前、とある高級時計ブランドのCEOをインタビューした時に、「日本の男性は靴と時計にお金をかけなさ過ぎる」と言われました。これは非常にロジカルな話で、たとえば、スーツと、靴や時計の使用頻度を比べてみると靴や時計が使用頻度が高いですよね。それに、一生同じ洋服を着ているという人は稀有ですが、靴や時計は本当の一生モノになり得ます。時計は子供に受け継げば一生どころか二生にもなりますし、靴はエイジングを楽しむことで一生付き合える着こなしのパートナーにすることができます。そういった理由で、質実剛健な作りで、リペアをしながら長く愛用できる英国靴を選んでくださいという提案をしています。

ジョセフチーニー

技術力の高さとブランドストーリーに惹かれる。

— 「ジョセフ チーニー」の印象を教えてください。

英国靴のブランドは沢山ありますが、「ジョン ロブ」や「エドワードグリーン」は、一生に一度は“世紀の逸品”に足を入れてみたいという方に、もう少しファッション性を求める方には、「チャーチ」を買うべきでしょうという話をよくします。で、私が一般のビジネスマンに最も勧めたいのが、価格とクオリティのバランスが取れた、「ジョセフ チーニー」と「クロケット&ジョーンズ」です。とくに「ジョセフ チーニー」に関しては、チャーチ家で育った二人の兄弟がノーサンプトンの正統な靴作りを守るために「チャーチ」と袂を分けてブランドを確立したという背景も良いですよね。男性がモノを選ぶ時の理由としては、そういったストーリーが重要だと思います。個人的には「チャーチ」と別れたことは喜ばしいことだと思っています。「チャーチ」はプラダグループに買収されたことで、ファッションピープルが憧れるブランドに成長しましたし、世の中に認知されるだけの新しい提案をしましたよね。そのおかげで、ノーサンプトンのモノづくりの素晴らしさが広く伝わったと思います。それに対して「ジョセフ チーニー」は伝統を守っているイメージがありますが、じつは世界中のショップやブランドとのコラボレーションに対して非常に柔軟ですよね。裏を返せば、ファクトリーとして機能していたブランド背景もあって、技術力が非常に高いと言うこともできます。そういった理由で、「ジョセフ チーニー」には沢山の魅力があると思います。

“アンダーステートメント”を体現した一足。

ー 愛用されている「ジョセフ チーニー」に惹かれた理由を教えてください。

これは約3年前に「BRITISH MADE 青山本店」で購入したものです。『アエラスタイルマガジン』を創刊したばかりの頃は、黒の革靴を推奨していたのですが、次第に「いやいや茶の革靴もアリでしょう」と思うようになりました。ちょうどその着こなしのルール改定を検討していた時期にこの靴に出会いました。フォルムやラストの形が自分の足に合うというのも魅力ですが、エイジングされたかのような深みのある茶の色合いにとくに惹かれました。よく「茶色の靴を履く時には、ベルトと色を合わせるべし」と提案していますが、この靴に合う茶色のベルトがなかなか見つからなかったという後日談もあります(笑)。また、これは英国に靴の取材へ行った時にシューズショップの店員さんから教えられたことでもありますが、英国製品の魅力は“アンダーステートメント”であることだと思います。悪目立ちせず、上品で質が良いモノという意味なのですが、これはビジネスマンにも言えることで、能力があって控えめな人というのは最も輝いて見えますよね。この靴は、まさにそんな一足だと思います。

ジョセフチーニー

「アエラスタイルマガジン」編集長
山本 晃弘さん

1963年生まれ。早稲田大学法学部を卒業後、ファッションエディターとしてのキャリアをスタート。『MEN’S CLUB』、『GQ JAPAN』などを経て、2008年に朝日新聞出版の設立に参画。同年11月には、編集長として『AERA STYLE MAGAZINE』を立ち上げる。雑誌の編集のほか、ファッションやライフスタイルのコンテンツ・動画制作、ビジネスマンや就活生に向けた「スーツの着こなし」アドバイザーなど、媒体を問わず幅広く活躍。著書に、『仕事ができる人は、小さめスーツを着ている。』。
https://asm.asahi.com

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スタイリストが語る、トラディショナルシューズの魅力。 村山 佳世子


スタイリングに取り入れやすい、マニッシュシューズ。

約25年のスタイリスト歴を持つ村山佳世子さんは、意外にも昔からメンズのスタイルに惹かれていたのだそう。とくに、比較的スタイリングに取り入れやすいアイテムがメンズライクな革靴だと言います。昨今では、女性から市民権を得ている革靴ですが、どんな点が魅力なのでしょうか。「ジョセフ チーニー」のお話とともに語っていただきました。

好きなモノに囲まれる幸せな仕事。

— スタイリストという仕事の魅力を教えてください。

昔からファッションが好きで、携わることができるお仕事に就きたいという想いがありました。私の若い頃は、雑誌がファッションの情報を得る情報源でしたので、色々な雑誌を読んでいくうちにスタイリストという職業に憧れましたね。現在は、集英社の『eclat』や『Marisol』でスタイリングのお仕事を頂いたり、ブランドのカタログやモデルのスタイリングなどを手がけることもあります。また、今はまだ準備段階なんですが、スタイリングの単行本を出版する予定もあります。スタイリスト業をスタートしてから約25年の月日が経つのですが、次第に「自分らしいスタイリングとは何か」を考えるようになってきました。だからこそ、今回のインタビューも含めて、自分の好きなブランドにまつわるお仕事を頂けるのはとても幸せなことですね。それが何よりのやりがいです。

メンズファッションからインスピレーションを得る。

— スタイリングの着想を得るために意識していることはありますか?

街を歩いてメンズファッションをチェックするのが好きです。旅で海外へ行った際も、自分がお洒落だなと思う人は意外に男性が多いんです。メンズファッションはレディースに比べてアイテムの幅が狭いですが、その分こだわりが強いので、シンプルな服装でもお洒落に着こなしている方が多い印象です。最近では、男性と女性の着こなしが近くなっていることもあって、コレクションの中にメンズライクな靴を合わせているブランドも増えています。洋服を買いに行っても、トータルコーディネートとして革靴も含めて提案されているので、女性にとってもスタイリングに取り入れやすいですよね。メンズっぽい革靴を合わせるだけで、現代的な着こなしに見えますし、ヒールに比べて歩きやすいというのも魅力だと思います。

基本にあるのは、トラディショナルなデザイン。

— 革靴遍歴を教えてください。

若い頃に夢中になったのは、「グッチ」のビットローファーですね。履き潰した今でも大切に持っています。それから大人になるにつれて上品な紐靴を買うようになりました。基本的には「ジョセフ チーニー」や「J.M.ウェストン」
のように、シンプルでトラディショナルなデザインの革靴が好きですね。その中で、色味やデザインが異なるものを気分やトレンドに合わせて買い足すことが多いかもしれません。シルエットで言えば、「マルタン・マルジェラ」のように丸っぽいフォルムの革靴も好きなんですが、「チャーチ」のコンビシューズのように細みでスタイリッシュな革靴も好きですね。元々、あまりヒールを履かないので、楽をしたいけどスニーカーを履けないようなTPOの時に革靴は大活躍していますよ。

着こなしに取り入れやすいスタイリッシュな面構え。

— 「ジョセフ チーニー」の魅力を教えてください。

ジョセフ チーニーの輸入総代理店である渡辺産業さんで見せて頂いて、よくスタイリング用にお借りしていました。伝統があり定番モデルも揃っていますし、ラストの形がスタイリッシュなので女性の着こなしに取り入れやすいんです。私はウイングチップが好きなので、このモデルを自分用に選びました。装飾のあるデザインですが、フォルムが美しい分、上品に見えるところが好みです。雰囲気のあるブラウンカラーもとても気に入っています。茶系のレザーは、ブランドによって色味が異なるので面白いですよね。

あえてカジュアルな着こなしに取り入れたい。

— 「ジョセフ チーニー」はどんなスタイリングに合わせたいですか?

デニムとの相性は抜群だと思います。知人のライターさんに教えてもらった写真集に、デニムにトラディショナルな革靴を合わせている着こなしが載っていてとても新鮮でした。私自身、一年を通じてデニムを履くことが多いので参考になりましたね。あとは伝統的なデザインだからこそ、バギーパンツやクロップドパンツのようにカジュアルなパンツに合わせるというのも良いかもしれません。

トレンドに左右されず、長く愛用することができる。

— 女性に革靴を勧めるとしたら、どんな点がポイントになりますか?

トラディショナルな革靴の魅力は、季節や時代に関係なく履けるところだと思います。女性にとっては少し値段の張る革靴かもしれないですが、何年も履けるという意味では決して高い買い物ではないと思います。たとえば、パンプスなんかだと汚れて捨ててしまうこともあるのですが、メンズライクな革靴は汚れや傷、シワも味になるのでずっと愛用できますよね。たとえ履かないシーズンがあったとしても、履きたい気分の時に履けるので、捨てずにずっと持っておきたくなるというのも魅力です。

スタイリスト
村山 佳世子さん

文化服装学院スタイリスト科を卒業後、アシスタントを経て、1992年に独立。『non-no』『LEE』『BAILA』など数々の女性誌でスタイリングを手がけ、『Marisol』には創刊当時から携わる。ブランンドカタログやモデルのスタイリングの活動が中心。

photo TRYOUT text K-suke Matsuda

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テキスタイルデザイナーが、通勤に欠かせないブーツ。 「wallace sewell」エマ・スウェル


長時間の徒歩も快適なレースアップブーツ。

ロンドンを拠点に活動するテキスタイルブランド「ウォレス スウェル」。デザイナーの一人であるエマさんは、いつも徒歩35分の道のりを歩いてアトリエに通っています。そんな日々のウォーキングに欠かせないのが「ジョセフ チーニー」のブーツ。出会った時のお話や魅力をお聞きしました。

卒業制作コンペで、優勝したのがきっかけ。

— 「ウォレス スウェル」はどのようにして作られたのですか?

立ち上げメンバーのハリエットと私はロンドンにある、「ロイヤル・カレッジ・オブ・アート」という学校で学んでいて、卒業した2年後の1992年にブランドを立ち上げました。私は両親が建築の仕事をしていましたし、姉もテキスタイルの仕事をしていたので、自然とモノづくりに触れられる環境で育ちました。学校在籍時に卒業制作のコンペがあったので、布テキスタイルの作品を出展したのですが、勝ち抜いてフランスやドイツ、アメリカなどの国々の作品と共に日本で行われた決勝戦に出場することになりました。そこで、優勝したのもブランドの礎になっています。その時に、テキスタイルデザイナーの須藤玲子さんに出会ったのも大きかったです。彼女は商談をセッティングしてくれましたし、日本で自分たちと同じスタイルのモノづくりが行われていることに感銘を受けました。そういった流れでブランドを設立し、ちょうど昨年25周年を迎えました。

目に映るものが、テキスタイルの着想源。

— テキスタイルはどんなものからインスピレーションを得ることが多いですか?

普段からパンを作ったり料理をすることが好きですし、オフの時にはキャンプへ出かけたり、カントリーサイドを歩いたりしています。その時に見たモノや景色から想像を膨らませることが多いです。たとえば、2018年のコレクションでは日本に来た時に訪れた場所や、印象に残ったものをテキスタイルに落とし込みました。渋谷のビル群や地下鉄のホーム、街の向こうに映る富士山などを、スカーフやクッション、ブランケットにして表現しました。写真を撮ったものを見ながらノートに絵を描いてみて、テキスタイルにした時のイメージを想像するのはとても楽しいです。

デザイナーと作り手のコミュニケーションが大切。

— モノづくりのこだわりを教えてください。

コンピューターがないような時代に学んでいたので、伝統的な手織りの方が身近でした。だから、オールドファッションかもしれないけど、いろいろなモノを実際に手で作るのが好きなんです。今は手作業の部分と機械化する部分をうまく組み合わせてプロダクトを作っていますが、テキスタイルのスワッチだけは、未だに手で織って作っていますよ。

私たちの製品は、マンチェスターの近くの工場で作られていますが、もともとは違う工場にお願いしていたんです。ですが、難しいパターンのテキスタイルのクオリティを保つために、コミュニケーションを取れる距離にある工場に変えました。私たちが工場へ行って職人さんたちと話しながら、一緒に作り上げるということがモノづくりには大切だと思っています。

徒歩通勤に欠かせないのは、履いた時の快適さ。

— 「ジョセフ チーニー」のブーツを購入された理由は?

私はロンドンのカムデンの辺りに住んでいて、アトリエのあるエンジェルまで毎日35分くらい歩いて通っています。昔はよく革靴を履いていましたが、最近では歩きやすさを重視してずっとスニーカーを履いていました。でも、冬になると暖かいブーツが欲しいなとも思っていました。履き心地が良くて、なおかつスタイリッシュなモノを探していたんですが、革靴好きの旦那が、「ジョセフ チーニー」を勧めてくれたんです。そして、今年の1月に初めて購入しました。デザインもトラディショナルで、靴擦れもしないですし、とても快適なので気に入っています。他にレザーブーツやヒールの靴も持っているんですが、長時間歩くとなるとなかなか履けないんですよね。このクラシックな色も気に入っていますが、本当はアーモンドカラーにしようと思っていたんです。旦那さんがこの色の方が良いと言って聞かなくて。次に買う時は一人で行こうと思います(笑)。でも、その代わりに靴の手入れは旦那がやってくれるんですけどね。

タイムレスなクオリティであること。

— 「ジョセフ チーニー」のモノづくりと自身のブランドに通ずる部分はありますか?

「ジョセフ チーニー」は、作る過程をとても大切にしています。だからこそ、長く愛用できるというのは私たちのブランドと同じですね。やはり、一過性のファッションではなく、時代を超えて愛されるプロダクトというのが良いですよね。私たちもトレンド情報に流されず、プロダクトの魅力を突き詰めていくスタイルを心がけています。きっと「ジョセフ チーニー」もそうなのではないかと、製品を見て感じます。もしコラボレーションすることがあれば、レザーやステッチの色で遊んでみたいですね。

「wallace sewell」共同設立者兼デザイナー
エマ・スウェルさん

1990年にロンドンにあるロイヤル・カレッジ・オブ・アートを卒業。1992年にハリエット・ウォレス・ジョーンズと共にテキスタイルデザインスタジオ「ウォレス スウェル」を設立。 大英博物館、王立芸術院、テートギャラリーなどの有名建築物内の装飾品や、ロンドンの鉄道、地下鉄のソファデザインなどを手がける。

photo TRYOUT text K-suke Matsuda

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ファッションエディターが心を打たれた、アイコンの履きこなし。 「ウフィツィ・メディア」代表 矢部 克已


Murton


都会的なスーツに、カントリーシューズを合わせるという意外性。

「ウフィツィ・メディア」代表/ファッションエディター・ジャーナリストとして、さまざまな媒体で活躍する矢部克已さん。イタリア在住経験があり、年に2回開催される「ピッティ・ウォモ」に毎回足を運んでいる氏は、ファッションを始め、グルメやアートなどのカルチャーにも精通しています。今回は、イタリア的視点で見る「ジョセフ チーニー」の印象や、愛用されているモデルの思い出を伺いました。

構想を練るのが、一番の醍醐味。

— 現在はどのようなスタイルでお仕事をされていますか?

ファッションエディターとして雑誌の誌面を作ることがメイン。昔ながらのやり方かもしれませんが、原稿を書くことも含めて0から100まで一貫してやりたいというのが僕のスタンスです。編集という仕事にはさまざまな局面がありますが、漠然と企画を考えている時が一番楽しいかもしれないですね。打ち合わせや会議では企画書を用意して、どういう構成やロジックになっているのかをプレゼンするわけですが、それよりももっと前の段階です。どこかへ出かけている時に、「男のスタイルがこういう風だったらかっこいいんじゃないか」とか「こういう内容をこんなスタッフで作り上げたい」あるいは「自分が担当する原稿をどこまで深く面白く書ききれるか」と、構想を練ることに充実感があります。編集の仕事に就いてから30年以上経つので、よく「飽きないね」と言われますが、飽きたらとっくに辞めているはずですよね。今はこれまで以上にひとつひとつの仕事に時間をかけたいという想いが強いので、ピュアな気持ちで写真や文章のクオリティを上げられるように心がけています。そういう細かい部分を積み重ねていくことで、納得できる仕事になると思うんですよね。

— イタリアへはどのくらいの頻度で行かれていますか?

毎年1月と6月に開催される「ピッティ・ウォモ」と、もう1本別の取材が年間のプランに入っています。ですので、最低でも年に3回は行っています。僕は、『流行通信HOMME』と『Men’s Club』の社員編集者として合わせて10年勤めた後、退社して1997年から1年間イタリアへ”留遊学”していたんです。その時は、初めにフィレンツェに住んで、その後はナポリやヴェネツィア、ミラノへ移動しました。帰国後フリーランスになってからは、現在のように仕事で行くようになりました。基本的にはファッションの仕事が多いのですが、一時期はフィレンツェで「ピッティ・ウォモ」を取材した後、トスカーナ州のワイナリーを見て巡っていたこともありました。機会があれば、プライベートでゆっくりと行きたいと思っています。

唯一無二なモノづくりが好き。

— モノを選ぶ際のこだわりを教えてください。

オーダーメイドでもプレタポルテでも、何か思いが込められたモノが好きです。たとえば、10年以上愛用しているモノに「ビスコンティ」のペンがありますが、これはヴァン・ゴッホの作品をデザインに落とし込んだスペシャルなコレクションの逸品。「ひまわり」をモチーフとしてデザインに落し込んだ1本に出会ってから、何本も蒐集するようになりました。既製品ながらも、決して同じものは1本とないところが気にいっています。


Left: Avon C

革靴は、60足ほど所有しています。その多くは、オーセンティックなモノづくりのドレスシューズです。カントリーシューズも持っていますが、ツイードのスーツなど秋冬シーズンのコーディネートに取り入れることが多いです。いずれにしても、スーツに合わせる靴はある程度伝統的な面構えを備えた、エレガントなデザインを選びます。そういう意味で英国靴は良いですね。イタリア人もクラシックな服が好きな人ほど、英国靴のモノづくりや伝統をリスペクトしています。

クオリティと価格のバランスが取れたブランド。

— 「ジョセフ チーニー」との出会いはいつですか?

2010年の5月に、「ジョセフ チーニー」の共同経営者の一人、ジョナサン・チャーチ氏にインタビューをさせていただきました。まだ当時は「チャーチ」の下請けという印象が強くて、ブランドとしてあまり輪郭が立っている感じはしていませんでした。ところが、「インペリアルコレクション」という素晴らしいドレスシューズを見せられて印象が変わりましたね。それ以来、注目するようになりました。今日履いているシューズも、今年の1月に「ピッティ・ウォモ」へ行った際にブースで見せてもらってオーダーしたものです。イングリッシュタンのカラーも好きですし、履き心地も良くて自分の足に馴染んでいます。近年では、バイヤーの間でコストパフォーマンスを重要視する傾向にあります。商品の魅力に加え、クオリティと価格のバランスという視点で見た時に、「ジョセフ チーニー」はとても良いレンジに位置していると思います。今後もさらにいろいろなデザインが期待されるのではないでしょうか。

ー「ジョセフ チーニー」の中でとくに思い入れのあるモデルはありますか?

2015年くらいに、元「タイユアタイ」ディレクターのシモーネ・リーギ氏にフィレンツェで会ったとき「AVON C」を履いていたんですよ。彼のスーツスタイルはゆったりしていて、ジャケットの着丈は長く、パンツも太いんですが、そんなスタイルにこの靴を合わせていたんです。「AVON C」はパーフォレーションの穴が大きいカントリーシューズなのに、都会的なスーツに合わせるというスタイルが面白く、「こういった格好もアリなんだ」と思いましたね。それで気になり、「欲しい、買いたい」と吹聴していたら、たまたまイタリア人で「ジョセフ チーニー」のエージェントの方がいて在庫を用意してくれたんです。ところが、購入したもののスーツに合わせるのが案外難しくて……。シモーネ・リーギ氏のセンスの良さや着こなしのうまさを感じました。僕はスーツではなく、ブルゾンに合わせて愛用していました。靴は単体で見て良いなと思う瞬間もありますが、誰かが履いていて良いなと思った時の印象は強烈です。余談ですが、今年の2月、我が家に兄が遊びに来た時に、ある勝負に負けて「AVON C」を泣く泣く譲ることになってしまいました。そういったことも含めて、とても因縁深いモデルです(笑)。

「ウフィツィ・メディア」代表
ファッションエディター・ジャーナリスト
矢部 克已さん

イタリア1年間の在住時に、フィレンツェ、ナポリ、ヴェネツィア、ミラノに移り住み、現地で語学勉強と取材、マンウォッチングを続ける。現在は、雑誌『MEN’S PRECIOUS』でエグゼクティブ・ファッションエディター(Contribute)を務めるほか、『MEN’S EX』『THE RAKE JAPAN』『GQ JAPAN』などの雑誌、新聞、ウェブサイト、FMラジオ、トークショーなどでも活躍。イタリアのクラシックなファッションを中心に、メンズファッション全般、グルメやアートにも精通する。
TwitterID:@katsumiyabe

photo TRYOUT text K-suke Matsuda

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